赤ちゃんと子供と立山・雷鳥沢へ ③ いざ雷鳥沢へ
立山駅から室堂へ移動
空は晴れている。昨日よりも晴れている。よかった。立山駅にはたくさんの人がいた。すぐそばの駐車場は満車で、私と子どもたちと荷物をおろしてちょっと遠い所に車を停めに行くことになった。その間にケーブルカーとバスのチケットを買おうとしたら、「次の○分のケーブルカーで指定になりますがいいですか?」という。なるほど、買う時点で人数を決めているのか。車を停めに行ったキタオくんたちが何分後に戻ってくるかわからなかったので買うのをやめた。といっても、先に買っておく必要があるくるらい混んでもいなかった。多くの人はツアーなどですでに払い済みのようだ。明らかに室堂までの見学の人、トレッキングポールなどを持って 立山くらい登りそうな人、雷鳥沢でキャンプをしようとする親子…。いろんな人がいた。ロータリーにいてもケーブルカーの時刻を告げる案内が聞こえ長く立って待つ頃ともなく快適に乗れる。キタオくんと弟はいっしょにチケットを買いに行って、時間の指定を確認されたにもかかわらず1本ずれた便のチケットを買ってきた。そのまぬけさに怒り狂ったけどたしかに指摘されたとおりそれほど怒ることでもなく、ケーブルカーからバスへ乗り換え駅である「美女平駅」で弟が待っていっしょにバスに乗るということになった。バスの50分間、人手が減るのは避けたい。
ケーブルカーはたった7分で、それなのになんだかすごい殺気立っている。それに急いで先に乗り込んでもほとんどメリットがない。座席は少ないし、言っても7分だ。先に乗れば良い景色を見れるという訳でもないのに。そんなとき子連れだと空気が和む。しゃべることでさっきまで ”敵” ふうのオーラを出していたおばさんも友達のようになり超閉鎖的な空間の7分はあっという間だ。
荷物料金というのは最近ではなくなったのかな、と思ったら着いた美女平駅に測りがおいてあった。どうやら荷物が10キロを超えそうな人に駅員さんが声を掛けて測る、という感じらしい。弟は11キロで300円を払ったそうだ。おそらくカメラを手荷物バッグに入れていればだいじょうぶだったらしい。キタオくんはでっちゃんを背負うと明らかに13キロくらいだけど、それは大丈夫らしい。ケーブルカーを降りるのが一番遅くなってバスの列に並ぶと、運良く私達の前で次のバスとなった。最近サクちゃんが山道に酔いがちで一番前の席に座りたかったので本当にラッキーだった。1列目にキタオくんとサクちゃん、2列目に私とでっちゃんと弟で座った。でっちゃんは座席の下に行こうと必死だったが、結構カーブが多いので気が抜けなかった。そうこうしているうちに私はバスのチケットを無くした。この往復チケットは、どんな理由であれ無くすと再発行は不可でもう一度買い直さないといけないので、ぜひとも気をつけてほしい。
美女平から室堂までのバスの50分は、なんだか気が重い。たしかに景色は良いんだけど、やっぱり何度も乗り直さないと行けないのと、行きはいいけど帰りはなんとなく酔うことが多い。車窓右側からは薬師岳がよく見えて、笹原は異国の雰囲気だった。一端は宿を予約した ”立山高原ホテル” は中でもすごく室堂に近かった。室堂のホテルとどっちらかに泊まろうかと考えた場合、いい勝負で悩むんじゃないかなぁと思うくらい。左側には剣岳が黒々と見えた。こんなにハッキリ見たのは初めてな気がした。ナナカマドやコバイケイソウがよく見えたけど、やはりバスはそんなにウキウキさせてくれる感じでもない。なぜかはよくわからない。前列で威勢よくグミを食べて私達にも配りまくっていたサクちゃんの声もだんだんと小さくなって、やっと室堂に着いた。次のバスが来るから早くしてくれと丁寧な言葉で急かされてとりあえず荷物をバラバラと持って暗めの階段を一気に登って、やっと展望台に出て落ち着いた。そこはめちゃくちゃ日差しの強い山の中だった。立山が全部見えて、雪渓もまぶしい。目が痛いくらいだ。
サクちゃんが言葉を発しないので、私達はここでゆっくり休むことにして、弟は立山と剣岳へ旅立った。10時過ぎだった。
私達はまずマットを敷いて、サクちゃんにロングTシャツとユニクロのウインドブレーカーを着せる。寒いから長いズボンも履くという。風は殆ど無く、陽が当たる背中はぽかぽかより少し暑いほどなので背中を陽に当てて体を温める。サクちゃんが車酔いすることは最近知った。グネグネ道は要注意だ。いきなり吐くので片付けが大変だから気が抜けない。ポカリを飲ませ、しばらく横になる。横では拡声器を持った写真屋さんがずっと叫んでいる。「えー、立山ですね、今日皆さんホントラッキーです。こんなに晴れている日はなかなかありません。また今は晴れていますが、午後になると真っ白です。昨日は2時、一昨日は11時には真っ白になりました。えー、ぜひね、今のうちに写真撮っちゃってくださいね。こちらでは無料でお客様のカメラのシャッター押しをしております。混んでいないのでね、ぜひご利用ください。」1時間ほど休憩していたのでこの呼びこみをずーっと聞いていた。お兄さんは休みなく叫んでいた。はじめは親切でやっているのかと思ていたので、がんばっているなあーと思っていたら、「写真を気に入ったら買う」のサービスの一環だった。でっちゃんはその間、ハイハイでウロウロしていた。山にも見飽きた人がずいぶんと愛でてくれた。たしかにブカブカの長ズボンとウィンドブレーカーを着せられたちいさなでっちゃんは大きな山を背景にするととてもちいさくかわいかった。
ちょっと寝たり起きたりを繰り返していたサクちゃんが急にしゃべりだした。酔から復活したようだ。ペンションからもらってきた食べ残しご飯のおにぎりを食べ、ポカリをチャージし、出発することにした。出る前にさきほどの写真サービスのお兄さんのところで撮ってもらった。
各自雷鳥のぬいぐるみを持って、まずは専用のカメラで。次にうちのカメラで3枚。ありがとうございましたとカメラを返してもらうときには、すでに印刷し終わった写真をやや立体のカードケースに挟んで、横からお姉さんが持ってきた。なんて早い!そして写りの良いこと!自分のカメラより全然良かった。値段は1300円という。カードケースもなかなか良い。カメラを持っていても買ってしまいたくなるような。もともと買う気はなかったけど、さらに自分の顔の写りが良くないことを確認したら欲しい気持ちはスッカリ消えた。あぁいうの、単独でケースとかに入ってても管理に困るっていうのもあるしねー。さあ、出発しよう。11時15分。ちょうどいい時間だろう。2時間くらい歩けば着くだろうか。
雷鳥沢へいざ歩こう
展望台から出ると、湧水の周りには人がいっぱいだった。私とサクちゃんは近づいて、杓(ひしゃく)で水を飲んだ。私のザックにはハムの保冷剤代わりに持ってきた凍らせたお茶のペットボトルが6本くらい入っていた。水分大好きなキタオくんが欲張って持っていくというので持ってきたが、少しも水を汲む余地がなかったことが悔やまれた。
今日は8月17日、お盆の真っ最中だが、この時期でもこのあたりには高山植物がたくさんあった。途中からなんとなく撮り始めたのでも15種類くらいあったけど、他にりんどう系の有名なものなどでも10種類くらいの高山植物を見た気がする。普段公園や道端でネコジャラシやシロツメクサを摘んでいるサクちゃんには、山でそこら辺に生えている植物とそれらとの違いはよくわからなかっただろうけど、山のものはなんでも持って行ったらいけないんだと教えると、枯れている葉っぱを指さして 「じゃあこれもだめなの~?」 小さい石をつまんで 「この石は~?」 大きい岩を指さして「じゃあこれも持ってっちゃだめなの~?」、「じゃあお山は~?」 とずーっと言っていた。
ふだんだとキレそうになるこのやりとりもただ歩くだけの今となっては楽しい会話だ。このパターンの他にサクちゃんがふざける会話はいくつかあって「○○したら、どうする?」バージョンでは延々と架空の話を続ける。あるときは側溝を指さして 「サクちゃんがここにおっこったら、どおする~?」というので「フタをする」と言ったら3日後くらいに 「サクちゃんがここに落っこったら、ママ、フタをするのお~」 と言っていたり、かといってショックを受けている風でもないんだけど覚えていたことに驚いたりする。そんな会話を延々としながら歩くことはとてもたのしい。ただ2013年8月の現時点では地獄谷の遊歩道が有毒ガスのため閉鎖されていて、プシューっと地面からでる硫黄の煙などを見せてあげられなかったのがすこし残念だった。
雷鳥沢までの道は、”すべて” コンクリートで固められており、浮石を踏んだりするような箇所はひとつもなかった。観光客がたくさんいたのもミクリガ池までで、そこを越すと山の人だけになった。
ミクリガ池には脇に雪がまだ残っており、サクちゃんはそこを指さしてペンギンが寝ている、と言っていた。「そこ、そこ、あそこだってばー」「ほら、あそこにもいるじゃん」と真剣に言っていたが私とキタオくんには見えるはずもなく、ふざけた感じもないので不思議だった。雪の下に岩が埋まっているところでは「亀だー亀だー」と言うので、周りの人も「おや、こんな高山にも亀がいるのかい?」とおどろいていた。ミクリガ池を超えると地獄谷が見渡せるところがあって、そこで地獄谷の面白さを力説したけどあんまり伝わっていないようだった。
そこを過ぎたあたりから、サクちゃんの「コンニチハタイム」が始まった。にこにこで「コンニチハー」と元気よく言うとみんな返してくれるばかりでなく一言二言ほめてくれるので、気分を良くしていた。子供がたくさんの大人と触れ合おうとするとき、山はいいかもしれない。そんなふうに歩いてやっと雷鳥沢のテンバが見えてきた。12時過ぎ。1時間経過。テンバはとっても小さく見えた。
テンバが見えてからは下り階段の連続で、サクちゃんもさぞ疲れただろうと思う。でも小さいテントを見下ろしながら降りていく階段、あの眺めは結構好きだ。向かいには立山がそびえて、その稜線を小さく人が歩いているのが見えて、尾根も広く丸いのでなんとなく柔らかい雰囲気で別天地に来た感じがする。また、とても懐かしい記憶が蘇る。最後にここに来たのはいつだろうか。思い出せないけど、ここのテンバは日帰りと散歩でこれてしまう、そんなに山の中でもないのに、大変だった登山の後に泊まったり歩いていたりした記憶とリンクするから、なんかとても素敵な場所なんだ。
やっと階段を下りきって平坦なテンバエリアにたどり着くとカラフルなテントがいっぱいで、ワクワクしながら先に来ている先輩たちを探した。久しぶりにテンションが上った。12:30雷鳥沢到着。
雷鳥沢での短い滞在
先輩たちのテントを見つけると、昔さながらテントの前で石に座ってまあるくなって談笑している。懐かしい雰囲気だ。テントはオレンジ色の昔のタイプのダンロップテントかな。こんな暑い日はとてもじゃないけど、こういう山岳テントのなかには居られないんだ。
私達はすぐ横に銀のテントマットを敷いて荷物をおろした。でっちゃんがすぐに立ち上がっておしりからストンと座る、を繰り返す時期なので、やっぱり少し厚みのあるマットを持ってきてよかった。とは言っても、ハイハイですぐにマットからはみ出し地面に進出して砂を手で・・・なんと表現するべきか、あの動作。手を右に左にシャーシャーシャーと大地をこするように動かすの。あれをやったり石を見つけてかじったりしていた。だからマットはすぐに物置き場と化した。私はでっちゃんに離乳食を食べさせた。動きまわるでっちゃんになんとか1ビン(100g)を食べさせて赤ちゃんイオン飲料を飲ませる。とにかく食べたり飲んだりしてくれないと心配だけど、ひとまず安心。その間サクちゃんはキタオくんと一緒に雪渓を滑りに行ってしばらく帰ってこなかった。その隙を縫って大急ぎで懐かしの先輩方や初めて合う後輩と短い会話をし、でっちゃんに日焼け止めを塗ったり口に入れるものを監視ししたりとバタバタと過ごした。
ちょうどその頃、雄山山頂で休憩中の弟から電話があった。テンバからも見える棒の下にいるんだという。そして向こうからもテンバが見えるんだという。ここから上の人を見分けるのは難しそうだったけどこちらがわはわかるんだろうかと面白くなって頑張ってキタオくんが脱ぎ捨てたシャツを振ったけど、レーシックをした目にもそれは確認することが出来なかったようだ。
私が大学の時にめちゃくちゃお世話になったまつんちょ先輩と言う方が来ていて、今回は先輩に会えるのを楽しみに来たのも大きかったんだけど、先輩が言うには、実はサクちゃんとでっちゃんにおみやげを持ってきてくれたんだという。しかしそれを、雷鳥荘に置いてきてしまったのだと。だから、今から走って取ってくる、という。先輩たちは16時のバスで黒部湖側へ、私達は17:40のバスで立山側へ。いずれも雷鳥荘と室堂を通過するんだけど、良い受け渡し方法が見当たらず、「すぐ戻る」といって走って行ってしまった。今立山を縦走してきたばかりだっていうのに。私だったら「あとで郵送する」という手段を取る。絶対に取りに行けない。または、なかったことにすると思う。しばらくはそのピンクのシャツの背中を追っていたけど、やがて人混みで見えなくなった。そして先輩は20分後くらいに帰ってきた。手にトリの笛がついた風車と小さな袋を持って。トリのついた風車の棒のなかには小さなカラフルなチョコが、そして袋にはくまさんの帽子が入っていた。風車はさくちゃんに、帽子はでっちゃんに。笛も風車もカラーのチョコも、この頃のサクちゃんがまさに大好きなものだった。このころって、月齢が少し違うだけで、興味のあるものが随分と変わってしまったりする。でも全てが大好きなもので、しかもスティック状になっていて振り回せる物は大好きだ。先輩の生き様を見せてもらった一幕だった。雷鳥沢に来るたびに、思い出すだろう。
その後はみんなで縦走の報告をしたり歌ったりと現役生とOBOGの交流の会が催された。テンバではうるさいだろうという事で、すぐ横の河原へ降りた。さくちゃんはその川に掛かる橋がとても気に入って、橋の上から川の中へ石を落としていた。青い空と緑色の山々をバックにした薄いピンクのTシャツを着たサクちゃんはとてもすばらしい世界にいる女の子のようで、キタオくんも写真を撮りまくっていた。
会には30分も居れなかったが後輩たちの熱唱や報告に青春の息吹を分けてもらい、非常に新鮮な気持ちになった。この時に役に立ったのがフェリシモふうのバッテンになっている抱っこ紐だ。やっぱりあると全然安定感がちがう。そして、私達は気を引き締めて帰りの準備に取りかかった。ただの室堂までの戻りといえども、私達には時間制限があるので気が抜けないんだ。今晩富山に宿でも取っていたらまただいぶ気分も違っただろうけど、室堂からのバスに間に合ったとして、バスに酔わずに下まで降りて、その後高速で3時間40分の運転がある。やっぱり気が急く旅は、旅の醍醐味を半減させてしまうかもしれない。今後の反省としよう。