初心者のための登山とキャンプ入門

子供を置いて登山再開。石川県の白山と別山 ②

加賀別山より白山を望む

別山を早足でピストンし、南竜山荘では仲間と合流。覚悟していた残念な食事とは打って変わって豪華な夕食と気持ちのいい毛布に大満足の山小屋泊りとなりました。翌日はガスと小雨のなか、またまた早足で白山をピストン。おもてなしの国、石川県のあたたかさも感じながらの秋の白山登山となりました。

南竜山荘その2

「南竜山荘は合宿所みたいだった」そんなことを耳にしてから、食事にはほとんど期待していなかった。期待しないように注意して、富士山の山小屋のようなイメージを覚悟していた。17時から随時、自由な時間に勝手に食堂に来て食べるというシステムからも、簡易的な食事内容であると想像された。しかし、予想を覆してとっても美味しかった。幸せな気分になれた。合流したツトムさんも、多くの山小屋に泊まってきたヨシコさんから聞かされてきたらしい。「山小屋なんてね、期待しちゃいけないよ!レトルトハンバーグかレトルトカレーなんだから。」
ところがどっこい、みんなでおかずの多さを喜び合った。

南竜山荘の晩ごはん
ご飯や味噌汁はおかわりできる

里芋といかの煮物、焼き魚、キャベツ千切り、お漬物、煮豆、、、という感じで胃に優しく、こまごまとしたおかずがいっぱい。ドレッシングもたくさんあってかけ放題だし、お味噌汁とお米はおかわりもできる。おかずが無くなってしまった人ように、けっこうツーンと来るわさびふりかけもあって、私も少しお米をおかわりした。タキちゃんはお米もお味噌汁もおかわりしてモリモリと食べていた。昔はバテすぎて山の食事は大嫌いだった私が、こんなに美味しく食事を頂けるなんてありがたいかぎりだ。キッチンの中にいる従業員の方も、想像したような「ハイハイ、サッサと食べてよ~」みたいな感じはみじんもなく、良い雰囲気だった。

部屋はさらに快適だった。宿泊客全体の人数が少ないのか、1列に1グループ、という感じで割り当てられていた。私たちは8人位は寝られそうなスペースに4人で入った。毛布は、ニッケ(日本毛織物)の純毛だった。昔、一宮の親戚の家の近くに工場があって、毎日ガシャーンガシャーンという機械の音が響いていた。なつかしい。こんなところでニッケに会うとは。
1人3枚が割り当てられていたけど、「他にお客さん来ないんだから、他の毛布も使っていいんだよ」というヨシコさんの言葉に、私は合計6枚も使った。下に折りたたんで2枚、上に4枚。ふかふかだ。毛布は、「毎回クリーニング出してる?」って思うほど清潔感があるように感じられた。本当は、汚かったり寒かったりした時に備えてインナーシュラフを持参していて、一度はそれに入った。でも毛布のほうが気持ちよさそうと思って脱いだ。それほど快適だった。もちろん朝までヌクヌクで、4時半に起床だと起こされた時はイラッとしたくらいだった。

ツアースタイル

一応タキちゃんがリーダーだったけど、翌朝からはなんとなくヨシコさんが仕切る感じで出発した。4時半に目が覚めると、暗闇の中、ヘッドランプを点けたら荷物をガシっと持ってすぐに玄関へ移動。荷物を玄関に置いてトイレを済ませたらサッサと登山靴を履いて外に出る。外に出た人からパッキングをしなおしたり運動をして待つ、という流れ。

私はさほどノンビリしたわけでもないけど気が付けばビリになってしまった。みんなは受け取っていたお弁当などもすべて前夜中にパッキングを済ませていたらしい。私は朝パッキングするのだと思っていたので寝床の周辺にバラバラと飲み物とか防寒着を置いていたので、目覚めるやいな、言葉もなくサッと部屋を出て行く皆の後ろ姿にあせって、慌てて準備をした。

軽く体操をしてさぁ出発だと聞いて時計を見ると、なんと目が覚めてから25分後。なんて早い。一口のチョコレートもお茶も口にせず、出発するようだ。
聞いてみると、「ツアーではこんなものよ、まだ寝ぼけてよくわかっていない内に歩かされるの」とヨシコさんは答えた。確かに、早朝の暗くて寒くて憂鬱で、来たことを後悔するような時間に何も考えずに付いて行って1時間半くらいの行程を知らずに消化していたら、それはそれで良いだろうと思った。

暗い中歩き、だんだんと夜が明けていく様子もまた、懐かしかった。高校生の頃は、”2時に起きて4時出発”という事もやった。辛かった。それでも、日常生活でも早起きが苦手な私にとっては、登山での未明から早朝の神秘さは格別に素晴らしいものに思える。そういうのもまた非日常感があって登山を思い出深くするのかもしれない。

ガスの中揺れるチングルマの綿毛
ガスのなか揺れるチングルマの綿毛

やがてガスっていた天気も、日が出てきたら小雨に変わり、そして本降りになった。トンビ岩コースを通り、カッパを脱ぎ着する小休止を2回取って、1時間半後の朝7時、室堂センターに到着した。

室堂ビジターセンター

室堂ビジターセンターに入ると、ホールには2台のストーブがあって、多くの登山客が椅子に座って暖をとっていた。テレビを見たりおみやげを眺めたりとくつろいでいた。隣には木の作りの天井の高い食堂があって、宿泊客じゃない人も中のテーブルを使って食事ができると案内が書かれてあった。なんて親切なんだ、こんな所見たこと無い。皆で口々に褒め合った。

室堂ビジターセンターの食堂
ぬくもりのある木の食堂

私は八ヶ岳のとあるテント場に泊まった時、外の寒いトイレを使うのが嫌で小屋の中の便座の温かいトイレを使おうと小屋の入り口で靴を脱いでいるところを怒られたある日のことを思い出していた。テントの人にはテント場用のトイレがあり、それを使うことは知っていたけど、ちゃんとお金も払っていたしそこまで悪いとも思っていなかった。だから驚いた事に加え、大勢の人が出発準備をする慌ただしい玄関で、吊るしあげられるように怒られたのも衝撃だった。まるで大勢のお客さんの前でみごと捕まった万引き犯くらいの、それくらい悪いことを気分になったのを覚えている。これは極端な例だとしても、多くの山小屋は休憩料をもらって薪代にしたりするし、注文した人だけ席について飲み食いして良いというシステムを取るのが普通だ。それなのにだ。なんて親切なんだろうと思った。

「さすが、石川県はおもてなしの国だもんね」ヨシコさんが言った。そうか、そうなのか。白山は石川県の宝だから、県を挙げておもてなしをしているんだろうか。だから南竜山荘でも気持よく過ごせたし、こういうセンターが作れるのか。もしそうなら、素晴らしいなと思った。南竜山荘で頂いた朝ごはんの「朝弁」も美味しかった。鮭や天ぷら、きんぴらなどおかずがたくさん入っていて、これが別途料金じゃなくて朝ごはんとして頂いたものだなんて、お得感がいっぱいだ。

南竜山荘の朝ごはん弁当
南竜山荘でもらった朝弁

そこへ、アンケートが目に留まった。私は感心したことを、書くことにした。

一つめ、初めに予約した室堂の宿のおじさんの対応が、とても良かったこと。キャンセル料について尋ねたら、事前に教えてくれれば助かるし、キャンセル料は要らない、と言ったこと。私達の計画が変わって実際にキャンセルの電話をした時に、すごく感じ良く「またお願いします」と言ってくれたこと。別の日にまた問い合わせの電話をした時も、おばさんの対応は親切だった。この季節の山小屋泊まりには寝袋を持っていくものなのかどうなのか、検討もつかなかったので聞いてみたのだ。「個人の体感に依る問題なので人それぞれになっちゃいますね」なんて、お役所的な回答はしなかった。「寝袋を持ってきている人は、この時期にはまず居ないですよ。寒かったら、その時に言ってもらえれば毛布もお出ししますので、大丈夫と思いますよ。」と答えてくれた姿勢に誠実さを感じた。
二つめに、宿泊客だけでなく登山者誰でもが休憩できる、このセンターがあること。
三つめに、南竜山荘の食事も良くて気に入ったこと。あと、少し提案も書いておいた。ホールへの出入りが多いので、せっかくストーブを炊いてくれていても冷気が入って室内がほとんど暖まらないでいたので、冷気を入れないために出入り口にビニールののれんの様なカーテンを付けたらいいと思います、と。そもそも、登山者の声を聞こうと言うこの取り組み自体にすばらしいと思い、石川県にとても興味を持ったのだった。

ツトムくん

ヨシコさんの旦那さんであるツトムくんを除く3人は、8時に室堂ビジターセンターを出発し、ガスの中小走りで登って山頂で写真を撮り、1時間経った9時には戻ってきた。その間ツトムくんはストーブの周りの空いたイスに座り、濡れてしまった衣服を乾かしていた。

ガスの中室堂から白山へ
小走りに白山をピストン

ツトムくんは現在55歳位で、小さめの派遣会社と幾つかの民間幼稚園を経営する社長さんである。でも山にいる間は、すっかり「ツトムくん」という感じ。「そんなのムリだよぅ」、「明日歩けるかなぁ」と弱気なセリフを言う姿は、小さい頃もこうだったんだろうなぁと一瞬にして想像させるような雰囲気を持っている。

昨日の南竜山荘でも「靴下は布団に紛れて無くさないように!」などとヨシコさんから事細かに指導を受けていた。そして「だまされた~だまされた~」と嘆いていた。というのは、当初はもう一夫婦の参加者が居て、そのご主人も最近登山を始めたけど基本運動不足で常にバテ気味になる人だった。「あの人が行くなら」と参加を表明したツトムくんだったらしいが、その夫婦がキャンセルした事を今朝知ったらしい。大学時代から登山をしている私達3人と最近登山を始めた車生活のツトムくん。私ももう5年もまともな登山をしていなくて安心できる立場ではないんだけど、ツトムくんがおじさんなのに小さくなっている姿をみるとなんだかおもしろかった。

若いころは陸上部だったツトムくんだが、南竜山荘から室堂ビジターセンターまでの1時間半を後ろで歩いてみて、やはり歩き方が慣れていないのが分かった。どうもフラフラしてしまうというか、目が悪くて薄暗い中歩くのは得意じゃないということもあるかもしれないけど、特にゴロゴロとした岩のあるところを登って行く時などに「おっとっと」となる回数が多いように思った。それは筋力のせいなのかも知れないし、バランス感覚とかの問題かもしれないけど、「歩き方って大事なんだな」と再認識した。そんな訳で疲れてしまったツトムくんは下山のための体力を取っておくために、白山ピストンはやめてお留守番となった。

そんなツトムくんは食堂に大きく掲げられていた「2017年、白山開山1300年祭」の垂れ幕を見て、リベンジを誓っていた。

下山とツトムくんの靴ひも

9時に室堂ビジターセンターを出発する頃には、天気は回復傾向にあった。まだ小雨は降っていたものの明るくなってきていたし、時折雲が飛ばされて青空が見えることもあった。曇っていても弥陀ヶ原の木道は美しかった。

白山 弥陀ヶ原
紅葉もキレイな弥陀ヶ原と木道

程なくしてツトムくんが「足が痛い」と言い出した。どうやら爪が痛いらしい。爪なら靴を履き直したら、と思って言ったような気もするけど、ヨシコさんは「ちゃんと靴ひも結んだの?いい加減に結んだんじゃないの~?」、「大丈夫大丈夫。がんばって~」などと手厳しいコメントを入れる。片足をかばった歩き方はどんどん遅くなり、途中甚之助避難小屋でのラーメン休憩も挟んだあとはなおさら遅くなった。

天気も晴れてきて、いよいよ最後の休憩所、中飯場についた頃、ベンチもあったせいでか、ツトムくんは腰を下ろして登山靴をいっぺん脱いでみた。乙女のように白い親指の先は見た目的には何も変わらなかったけれど、明らかに爪が長かった。「爪が長いからいけないのよ~」とヨシコさんに怒られながら、ツトムさんはみんなが見ている前で靴ひもを結んだ。「ダメダメ、そんなんじゃ。もっとカカトを入れて。指先は前に行っちゃいけないの。甲のところをギュッと結んでね。これくらいやんなくちゃ。」そんな風に言われながら言われるがままに左の靴ひもを結んでもらったツトムくんは、「え~こんなにきつく縛るの?じゃあ、こっちはぜんぜんゆるいかも。」そういってさっき自分で締めた右の足を出してやり直してもらった。

歩き出したツトムくんは、「うわぁ~ぜんぜん違う、少しも痛くない!」って少年のように素直に感想を言った。「やっぱり靴ひもって大事なんだねぇ、こうも違うとは。今までずっと間違っていたかもしれない。」 そう言って過去の不出来をアッサリ認め、小走りに下っていった。後ろでかばうような足運びを見ていた私は、痛いと言ったその時にもうちょっとしつこく言って靴を見てあげるべきだったと申し訳なく思った。そうしたら2時間以上も痛い思いをせずに済んだのに。

しかしヨシコさんは、「何べんも言ってるのに、ちゃんと聞いていないからよ。」そういって、ツトムくんにさらなる反省を促した。厳しいな~まぁ夫婦だから許されるんだろうけど。そんな風に初めはツトムくんに同情気味に思っていたけど、冷静に考えると、きっとヨシコさんが正しいのだろうと思う。たぶんこれまで何度も教えてもらっていたのに、ツトムくんはきっといろんな事を何もかもいい加減に聞いていたのだろう。そして、「へ~そうなんだぁ、知らなかったぁ!」とかって、初めて聞いたかのような感想を言う。何回も教えている身としては腹立たしくなる。そうだ、これはキタオクンと同じパターンだと思った。そんな風に考えていた時、良いタイミングでヨシコさんが言った。「これもいい勉強!自分でやってみないと本当には分からないんだから」。

そして無事大吊橋を渡り、シャトルバスに乗り、市ノ瀬で温泉に入ってから帰路についた。まだ4時前で明るかったけど、久しぶりの登山はたった二日間の時間が、やっぱり濃厚だと思った。歳を取ると時間が進むのが早いと言われるけど、それならばより定期的に自分の生活の中に登山を取り込んでいこうとも思った。