北アルプス 白馬岳登山の記録と日記
2012年8月の8日と9日、1泊2日で白馬岳に登りました。うわさに聞いていた様に白馬岳は素晴らしく、また大雪渓あり、池あり、お花畑あり、そして素敵な眺望と縦走路を眺めながらの登山は飽きる事がありませんでした。白馬岳は北アルプスが始めての方にもおすすめできる本当に魅力的な山だと思います。
このページでは登山コースやアクセス情報と駐車場、コースタイムや用意した装備の事などを紹介しています。
白馬岳登山の情報
- 所在地:長野県北安曇郡白馬村、富山県黒部市、下新川郡朝日町
- 山域:北アルプス
- 標高:2932m
- 百名山No:54
白馬岳登山の概要
標高差や距離はカシミールを使って計算しています。
日付 | 2012年8月8日(水)、9日(木) |
---|---|
日程 | 1泊2日 テント泊 |
登山コース | 1日目:猿倉 - 白馬尻小屋 2日目:白馬尻小屋 - 大雪渓 - 白馬岳 - 白馬大池 - 栂池自然園 |
距離・標高差 | 1日目:猿倉 - 白馬尻小屋 / 2.3km(+305m) 2日目:白馬尻小屋 - 栂池自然園 / 12.6km(+1568m,-1278m) |
累積標高 | (+) 1890m / (-) 1295m |
宿泊場所 | 白馬尻小屋テント場 |
駐車場 | 八方第二駐車場(無料) |
水場 | 猿倉荘、白馬尻小屋、避難小屋の近く、白馬岳頂上宿舎、白馬山荘、 白馬大池山荘、栂池山荘、栂池ヒュッテ |
トイレ | 上記山小屋 |
豊科から猿倉、栂池高原から八方へのアクセス
豊科ICから猿倉
- 中央自動車道「豊科IC」→ 国道147、148号、県道322号 → 八方第二駐車場 → 八方バスターミナルからアルピコ交通のバスで猿倉
栂池高原から八方
- 栂池高原のバス停からアルピコ交通のバス → 八方バスターミナル
バス、テント場、ゴンドラリフト・ロープウェイ料金
- 八方バスターミナルから猿倉までのバス代:900円
- 白馬尻小屋テント場代:1人500円
- 栂池ロープウェイ + ゴンドラリフト代:1720円
- 栂池高原から八方バスターミナルまでのバス代:500円
白馬岳周辺の天気
リンク
時刻表・駐車場など
山小屋ホームページ
猿倉~栂池自然園の参考タイム(山と高原地図より)
1日目 | 猿倉 | 0:00 |
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白馬尻小屋 | 1:00 | |
2日目 | 白馬尻小屋 | 0:00 |
岩室跡 | 2:30 | |
白馬岳頂上宿舎 | 4:30 | |
白馬山荘 | 4:50 | |
白馬岳 | 5:05 | |
三国境 | 5:35 | |
小蓮華山 | 6:15 | |
白馬大池山荘 | 7:45 | |
天狗原分岐 | 9:15 | |
栂池自然園 | 10:15 |
白馬岳登山の参考地図・資料
軽アイゼンのこと。4本爪か、6本爪、8本爪か。
白馬岳登山をするにあたって一番最初に考えたのはアイゼンの事です。雪渓歩きの経験がないのでいまいち様子がわからない。ネットで調べてみると、アイゼンが必要ないと言う人、4本爪で良いと言う人、6本、もしくは8本爪だと言う人など意見は様々でした。考えた末、軽い事、価格がやすい事から4本爪(5本爪)タイプのものを選びましたが、結果的に過不足なく4本爪で良かったと思っています。一緒に登山をしたテラピーも4本詰めの軽アイゼンでしたが、問題なく登っていました。もちろん雪渓の状態によるのは言うまでもありませんが。
アイゼンをつけずに雪渓を登る事も可能だと思います。雪渓上は階段上で登りやすかったですし、アイゼンを使用せずストックのみで登っている登山者も数人見かけました。ただし多少は気を使って登らないとならないなあ、とその人達を見て思いました。もちろんアイゼンを履いても足の置き方を気にする必要はあるとは思うのですが、ストックだけの人はそれ以上に足に気を使って登っているな、と言う風に感じました。それと、ザックの容量が少ない人はアイゼンを使用していない印象を持ちました。
しかし雪渓を下る際にはアイゼンがあった方が良い様に思います。試してみたところ4本爪でも問題なく下れましたが、多い方が安心感と安定感があるだろうなと言う事は思いました。
僕の結論としては、雪渓を登るだけだとしてもアイゼンは持っておいた方が安心だろうと思います。何かの理由で雪渓を下る必要が出てくるかも知れません。雪渓手前の白馬尻小屋でも4本爪の軽アイゼンを販売している様に、最低でも4本爪の軽アイゼンを持って登山をすることをおすすめします。
白馬岳登山日記
八方の駐車場とバスターミナル
2012年8月8日水曜日。僕とテラピーは白馬岳に登るべく北アルプスに向かった。相変わらず運転はテラピーで、僕は助手席で偉そうにダッシュボードに足を投げ出し、ただただ座っていた。待ち合わせは御殿場駅で、そこから白馬まで車で5時間ほどかかった。諏訪のサービスエリアでは昼食のため僅かな時間を過ごした。
白馬に着くと車を八方の駐車場に停めた。スキーやスノーボードをやらない僕にはわからなかったけれど、八方尾根スキー場は単体のスキー場としては国内最大級のようだ。その八方尾根の麓の「八方」と言うエリアの駐車場に僕らは車を停める事にした。この辺りにはスキー客用の大型の、しかも無料の駐車場がたくさんある。そしてその中の第2駐車場を選んだ。白馬岳の登山口である「猿倉」行きのバス停「白馬八方バスターミナル」が第2駐車場のすぐ隣にあるからだ。
八方の第2駐車場には、温泉、足湯、トイレ、そして近くにはコンビニと、駐車場のそばにあると嬉しいだろう施設が全て揃っていた。僕らはコンビニで食料や行動食を買い込み、白馬八方バスターミナルに向かった。
第2駐車場もそうだったが、白馬八方バスターミナルも素敵だった。まずここはインフォメーションセンターになっていて、白馬エリアに関する情報を得る事ができる。スタッフもいるのでわからないことがあれば聞けばいい。そしてバスターミナル内の「Cafe Happo」ではバスの待ち時間に寛ぐ事もできるし、また有料ではあるがインターネットを使用するためのパソコンも置いてある。そしてもちろん、お土産を購入することができる。
しかし何より八方バスターミナルで僕の目を惹いたものは、そこで販売されている可愛らしい帽子や服、ザックなどだった。大概こう言う場所で売っている服はしょーもない、と言う考え方が僕の中には基本的にあったが、どうやら素敵なものを置いてある場所もあるようだ。おおよそ、本格的な登山では戦力にならなそうなものばかりだけれど、アジアン雑貨店に置いてあるようなガラモノの服や帽子が販売されており、ついつい欲しくなってしまった。ちょとしたハイキングなんかにはいいかも知れない。これらが白馬とコラボしたら間違いなく買ってしまっていた事だろうと思う。
16時前の猿倉行きの最終バスに乗った。猿倉までの乗車時間は25分くらいで料金は900円。支払いは降車時にもできるし、予め白馬八方バスターミナルの自販機で購入することもできる。車内ではテープで録音された女性の声が、白馬の自然や雪渓の危険についてガイドをしていた。前回の甲斐駒ケ岳とは違って今回はテープだけれど、やっぱりこう言うのって盛り上がる。わくわくする。
猿倉に到着すると猿倉荘で登山届を記入して提出した。猿倉荘では食事やスイーツなんかも食べられるようで少し気になった。またここにはトイレもあって、水も汲む事ができた。
白馬尻小屋へ。なでしこジャパン。
さて、登山開始。猿倉荘の脇の登山道を登っていく。
すると登山道はすぐに林道とぶつかり、それからしばらくは広い林道歩きとなった。整備されているので林道歩きはあんまり好きじゃないけれど、ここの林道はなかなか悪くなかった。沢沿いでかなり見晴らしが良い道だし、何より他の登山者がいないってのが一番の理由かも知れない。いや、今日は1時間しか歩く必要がないからかも知れない。それと、夕暮れ時で涼しかったってのもあると思う。蚊が多かったので虫よけがあれば完璧だった。
歩きながらテラピーと、明日の登山の話になった。予定では今夜僕らは白馬尻小屋で一泊し、翌日は白馬大池、そして3日目に下山としていた。しかし僕は、出来たら明日のうちに下山したいなあ、という淡い希望を持っていた。なぜなら明後日の明朝に、オリンピックのサッカー、なでしこジャパンの決勝戦があるのだ。オリンピックでのなでしこの試合は、1秒も逃さずずーっと見てきている。もちろん男子もだ。その歴史的とも言える決勝戦をリアルタイムで見られないと言うのは、僕にとって白馬岳登山のテンションを下げさせる要因の1つでもあった。というか、昨夜は白馬岳に登るのをやめようとすら考えていた。しかし考えた結果良い案(良い言い訳)も見つからず今日に至っている。毎度の事だけれど、僕よりも遥かに登山を楽しみにしているテラピーに「やっぱり別の日にしよう。俺にはなでしこがあるんだ。」なんて事は絶対に言えない。
長くなったけれど、そんな考えをテラピーに打ち明けた。すると「じゃあ明日中に下山しよう」とテラピーは言った。そんな風にテラピーは簡単に答えたけれど、実際、1日で雪渓を登って栂池高原に下山をするのはかなり長い行程だ。そしてただそれだけの距離を歩くのではなくて、ロープウェイの最終時刻に間に合う様に下山しなければならない。なので僕はその行程の大変さを訴えたが、彼女は頑張ると言う。しかも彼女は今回料理担当なので、既に2泊分の食材を持ってきてしまっている。2日目の夜に食べる予定だった混ぜご飯の素とかビーフンとか。重くてつらいぞ、と脅してもテラピーは「修行だ」と応える。相変わらず根性がある人だ。ありがたい。
そんなこんなで我々の2泊3日プランは1泊2日プランへと変更になり、明日は12時間ほどの厳しい行程へと変わった。一番のポイントは、栂池ロープウェイの17時過ぎの最終便には間に合いたいと言う事。そして欲を言えば、なるべくなら早いうちにロープウェイで下山し、16時40分発の八方行きの最終バスに乗りたい。これを逃すと栂池高原から八方までタクシーを利用する必要がある。3000円ほどかかってしまうのだ。
白馬尻小屋でテント泊。チタンでご飯。
林道を40分も歩けば終点になり、そこからは「白馬尻小屋」への本格的な登山道となった。と言っても整備されているので非常に歩きやすい。登山道を挟む両サイドのはっぱ達が元気で嬉しい。そして20分後くらいだろうか。白馬尻小屋に到着した。その奥にはうわさの大雪渓がちらっと見える。白馬の大雪渓。ずいぶんと遠くに来たもんだなあ、としみじみと思った。
辺りが青く薄暗くなった中で、白馬尻小屋内のオレンジ色のライトは暖かく見えた。白馬尻小屋はなかなか居心地の良さそうな小屋だ。ウッディなリビング・ダイニングでは登山者が楽しそうに談笑している。テレビはオリンピックのサッカー男子「日本 vs メキシコ」の再放送が映されている。悲しくも負けてしまった試合。
テント場代は1人500円。ジュースや酒類、カップラーメンなども売っていた。そして事前に調べた様に、軽アイゼンも1000円で売られていた。1000円なら試しに買って使ってみたいものだけど、荷物が増えるのも嫌なのでやめておいた。
テントを張るとお楽しみの夜ご飯。テラピーが肉団子のあんかけ的なものとワンタンスープ、そしてご飯を炊いてくれた。今回のためにテラピーはストーブとコッヘルを購入してきた。
肉団子もワンタンスープもとても美味しかったのだけれど、しかしご飯はうまく炊けなかった。というのも、テラピーが今回用意したのはチタンのコッヘルだったのだ。チタンのコッヘルでご飯を炊くのは非常に難しい、と言うか炊飯には適さないと思う。自分もチタンで炊いて失敗した事があるので、それ以来、炊飯用には必ずアルミのコッヘルを使用している。しかしテラピーはそんな事はつゆ知らず、チタンのコッヘルを買いそれを持ってきてたのだ。
行きの車内でそれを知った僕は「なぜ調べなかったのだ」「俺は米が一番好きな食べ物なんだ」「疲れた時にご飯がまずい悲しみがわかるか」とテラピーに文句の2つや3つぶつけたが、こうして一生懸命料理を作ってくれるテラピーの姿を見ていると「自分は何て心が狭いのだろうか」と悲しくなった。
テラピーが試行錯誤をしてがんばってくれたおかげで、ご飯は想像よりもまずくなかった。焦げの匂いがご飯についてしまっているものの、ワンタンスープに浸しておじや風に食べたら美味しくいただけた。それとテラピーが持ってきてくれたふりかけも役に立った。ご飯が失敗する事もあると考えて、ふりかけを用意しておくのは良い方法だと思った。
1合以上のご飯を食べ動けなくなり、そして最近始めた飲めないウイスキーを飲み横になり、そのまま寝た。
夜トイレのために外にでると、空は星であふれていた。テント場近くのテーブルに横たわり空を見上げると、視界の隅から隅まで星でいっぱいだった。ガスもなくなり山の稜線が全てクリアに見えた。なんて素敵な夜なんだろう。明日が登山じゃなければいいのに。
2日目。4本爪軽アイゼン。
朝は3時前に目が覚めた。3時にセットした目覚ましのアラームの前に、隣のテントが出した物音で目を覚ました。寝たのか寝てないのかさっぱりわからないが、そんな事はいい。予定通り3時に起きることができたんだ。今日は忙しいから、早く出発しなければならない。
まだまだ周りのテントは沈黙をしている。寝る前にみた景色と何ら変わりがないようだ。僕らはヘッドランプをつけて無言で、サクサクと荷物をまとめた。沢の音がうるさいので、音を立てる事に神経を使わなくていい。
4時にはテント場を発つ予定だったけれど、僕の膝のテーピングがうまくいかず時間がかかり、4時20分頃の出発となった。そう、いつもは準備に時間がかかるテラピーだったけど、結局僕よりも早く終わっていた。彼女は登山の回を追う毎に成長しているようだ。感動的だ。
東が明るくなってきた。さあ、忙しい1日の始まりだ。
朝4時20分。白馬尻小屋の前を雪渓方面に走る登山道を登る。こんな暗いうちから登山をするのは始めてだ。ヘッドランプを点けても周りをしっかりと見ることは出来ないから、足元に照らされた地面だけを見てゆっくりと進む。すごく静かで不思議な感覚。暗いから自分のペースが早いのか遅いのか、本当に進んでいるのかすら良くわからない。
世界が明るくなりヘッドランプの灯りがいらなくなった頃、登山道は開け、そして目の前には白馬大雪渓が現れた。白馬尻小屋から15分ほど経った頃だ。
僕達が一番早いと思っていたけれど、既にそこには登山者がいて、ちょうどアイゼンをつけている最中だった。「今日はいい天気ですね」と会話を交わす。うん、本当にいい天気だ。雲もない。
さて、久しぶりのアイゼン。と言っても以前使ったのは12本爪のアイゼンで、今回は5本爪の軽アイゼン、土踏まずに装着するコンパクトなもので形は4本爪と変わりがない。8本爪を買うか、チェーンタイプのものを買うかと色々と悩んだけれど、最終的には土踏まずタイプのものを選んだ。雪渓で使うアイゼンには賛否両論あったのだけれど、考えるのも面倒になって軽いのでいいやってなった。テラピーも僕と同じタイプのもの(4本爪)を選んだようだ。
ちなみに僕が買ったアイゼンはエキスパートオブジャパンのクロモリ 5P 軽アイゼン。ネットでのレビューがなくていささか迷ったけれど、軽いし面白そうだし、そして日本のメーカーを応援しているので買うことにした。
憧れの雪渓歩き、第一歩目。靴の土踏まずに装着されたアイゼンが「サクッ」という音を立てて雪に刺さった。すごく気持ちのいい音だ。爪もしっかりと雪に刺さっているし、「ああ、これはアイゼンがあった方が安心だな」って事をすぐに理解した。雪も適度に硬くて登りやすそうだ。
そして、僕らは雪渓を登りはじめた。
白馬大雪渓を登る
多くの登山者が歩いたからだろう、雪渓の真ん中には黒い跡が一直線に伸びている。雪渓のどこを登ったら良いのだろうかと言う心配もあったけれど、これだけはっきりと跡があれば迷う事はない。そして雪渓上もかなり歩きやすい。アイゼンがなければ気を使ってしまうだろうけれど、小さな階段上になっているからいつも通り登って行ける。障害物もないから普通の登山道よりも遥かに登りやすい。どこまででも登っていけそうだ。
そうやっててくてく雪渓を登って行くと、僕らの背後がどんどん明るくなってきた。東面にある雪渓が、日が登るにつれて表情を変えてゆくのが面白い。前方に見上げる鋭く尖った天狗菱も陽の光を受けその色を変えている。そして空の青と雪渓の白がより明確になってゆく。何て素晴らしい景色なんだろう、何て素晴らしい時に登山ができているんだろう、と思わずにはいられなかった。少し歩いては写真を撮り、そしてまた歩いては写真を撮った。感動的な景色だ。みんなに見てもらいたい景色だ。
そして早い時間帯だから登山者が限りなく少ないと言うのもいい。こんなところで人を抜いたり人に道をゆずったり、気を使っていたら少しもったいない気がする。雪渓は静かにひっそりと登るのに相応しいんじゃないだろうか。サクサクと音を楽しみながら。それと早朝は涼しいのもいい。朝早く出て本当に良かったね、とテラピーと話した。
1時間くらいゆっくりと雪渓を登ると、雪のない休憩するに相応しい場所にでた。相応しいかはわからないけど。そこで簡単な朝ごはんを食べ一服をした。タバコがうまい。ここにテントを張って1日過ごしたら、どんなに素敵なことだろう。
アイゼンのコードを締めなおし再び雪渓を歩く。すると10分経ったか経たない内に、雪渓歩きは突然終わった。まだまだ雪渓は上に続いているのだけれど、そこからは上陸し、雪渓を避けながら上へ登っていくようだ。先ほど休憩してアイゼンのコードを締めなおしたばかりだったから拍子抜けしたけど、実際僕らは雪渓歩きに飽きつつもあったのでちょうど良かった。ナイスタイミング。
白馬のお花畑
がんばってくれたアイゼンに感謝をしてザックにしまうと、1時間ぶりの普通の登山道を歩く。なんだか久々で新鮮だ。
歩き始めて面白かったのは、足の置き方がすごくフラットになっていることだった。雪渓歩きで、いつも以上にフラットに足を置き、そして地面を蹴らない事を意識していたから、雪渓が終わってもそのままの歩き方なのだ。雪渓歩きは山の歩き方を学ぶのに良いんじゃないかなあなんて事を思った。
アルプス的な岩場歩きが続く。青空に鋭く突き刺さった「天狗菱」を左手に眺めながら、雪渓を巻きながら西に向かって登っていった。雪解け水がジャバジャバと元気よく登山道に流れて清々しい。
そして6時40分、僕らは岩室跡に到着した。山と高原地図では白馬尻小屋から2時間30分とあるから、なかなか良いペース。この調子で行けば、今日の僕らの目的を達成できるかも知れない。そう、僕らは今日中に栂池から下山しなければならないのだ。
岩室跡からはまた同じ様な岩場歩きが続いた。岩場歩きと言っても大きな岩もなく非常に歩きやすい。
少し登っては振り返り写真を撮った。登るにつれどんどん東の山が顔を出してくる。妙高とか高妻山とかあの辺りの山々を望むことができる。僕にとっては今年一番の晴天かもしれない。そして遠く見下ろした雪渓上には人々の列が見える。5時頃に起きて行動し始めた人達の列だろうか。雪渓上には薄いガスも見える様になった。早起きは三文の得かも知れない。
岩室跡から15分ばかし登ると「葱平(ねぶかっぴら)」という場所に到着した。不思議な名前だなあと思い、帰ってからネットで調べてみる。するとこの辺りでは平成17年の夏の今頃、大きな崩落事故があったらしい。それ以外にも落石での事故もあったようだ。登山中に杓子岳の北側斜面からの細かい落石を何度も見たけれど、やっぱりここらは危険な場所なんだな。
葱平を過ぎ20分ほど経つと避難小屋に到着、そしてそこから10分登ると水場へと辿り着いた。
水を汲みしばらく登るとテラピーが荷物の整理をしたいと言うので休憩をした。休憩に良い平坦な場所があったのでそこに寝転がり、タバコを吸いながら白馬岳方面を見上げる。空は濃い青で白く欠けた月が浮かび、その下には鮮やかなグリーン。グリーンの中には黄色い小さな花が咲き、ところどころ見えるグレーの岩肌や雪渓は景色にリズムを作っていた。楽園だった。気持ちいい、と言う言葉しかでてこない。テラピーも痛く感動しているようで「さっき登りながらちょっと泣いた」的な事を言っていた。「こんな空を見るのも始めてだ」とも言っていた。
それにしても、相変わらずテラピーのザックの中はぐちゃぐちゃだ。ザックの一番上の方にプラティパスのソフトボトルがぐちゃっと入っている。本人曰く取りやすいってことだけれど、ザックのバランスは悪いことだろう。しかしこれを何も感じずに背負っているテラピーはかなり頑丈だと思う。我慢強いのだろうか、気がついていないだけなんだろうか。ザックのウエストベルトも最近やっと閉め始めたし、足首の靴紐もハイカットの意味が無さそうに見えるほど緩い。こんな状況でも僕と同じ様に登山をしているのだからすごい。アホなんだろうか。まあ僕なんかよりもよっぽど登山向きの体と精神を持っている事は確かだ。道具への不満もなく、そしてどこでも眠れる。すごい才能だと、実は羨ましく思っている。
一服を終えて歩き始めても、素敵な景色はあいも変わらず続いている。
お花畑と青い空を眺めながら登っていく。すれ違う人と挨拶を交わす。「良い天気ですね」とか「お気をつけて」、とかどの登山者とのすれ違いの会話もいつもより一言多い。素敵な環境でみな心が穏やかなのだ。こんな素晴らしい日に、こんな素敵なお花畑を歩けて皆幸せを感じている事だろう。僕は本当に素晴らしい日に登山ができて、本当にラッキーだと思う。そして白馬岳。百名山に深田久弥が選んだ理由も、人気が高いと言う理由も良くわかる。
2553メートル。中部森林管理局による注意が書かれた看板が現れると、山の斜面にはより沢山の、色とりどりの花が咲き乱れて楽園を形成していた。大きなカメラを三脚に乗せたおじさんが、その楽園を写真におさめようと集中していた。そんな姿を眺めながら、沢の流れる音を聴きながら木段を登る。そして見上げると稜線上に小屋が見えた。白馬岳頂上宿舎だ。上を見上げて、青空の深いところを目指して、どんどん登った。
そして8時20分、僕らは白馬岳の稜線上に到着した。白馬尻小屋を発って4時間が経った頃だ。稜線上を吹く風が気持ちいい。
白馬岳頂上宿舎と白馬山荘、白馬岳山頂
村営白馬岳頂上宿舎は大きな立派な山小屋だった。ちらっと食堂を覗いてみたけどすごく綺麗だった。小屋の入り口にはビールやジュースの自販機があり、裏手には過ごすのに快適そうな大きなテント場があった。
少し登って白馬岳山頂と唐松岳方面への分岐に到着すると、そこからは劔岳が見えた。もう少しはっきりとした劔岳方面の眺めを楽しみたかった僕らは、近くの丸山をピストンすることにした。これまで時間を管理して登ってきたし、雪渓も良いペースで登ったので時間に少し余裕ができたのだ。
丸山山頂からの南の眺めは本当に素晴らしかった。北の方から、劔岳、立山、黒部五郎、 水晶岳、鷲羽岳、そして槍ヶ岳、穂高と北アルプスの巨人たちを眺める事ができた。杓子岳や白馬鑓ヶ岳まで行く事ができれば、もっと素晴らしい眺めを楽しめるに違いない。1日目は白馬尻に宿泊、2日目は白馬岳頂上宿舎に泊まって杓子岳や白馬鑓ヶ岳をピストン、3日目は白馬岳に登って栂池に下山する、と言う行程がベストだっただろうな、と思った。
そんな素敵な眺めに後ろ髪を引かれながらも、僕らは丸山をあとにして白馬山荘を目指し、登りはじめた。白馬山荘で昼飯を食べる予定だ。
登りながら思った事は、穂高や槍が男性的な山なら、白馬岳は女性的な山だなあということだった。北アルプスと言えば穂高の急峻な岩場のイメージしか持っていなかったけど、もちろん標高は違うけれど、こんなになだらかで緑や花が溢れている山もあるんだなあと思った。北アルプスの山に登りたいって言う人がいたら、今後僕は白馬をお勧めするかもしれない。標高も夏には涼しいし、緑、花、雪渓歩き、そして長い長い縦走路を見渡しながらの登山は最高だと思う。
そんな事を考えながら登っていたけど、白馬山荘への登り道にはやや疲れた。今日はまだまともな休憩をとっていないからだ。テラピーの登るスピードがガクンと落ちていて、顔がゴルゴ13の様になっていた。顔の色んな線が顔の中心に向かって伸び渋い顔を作っていた。躊躇なく引き金を引ける顔だ。
後で聞くと彼女はシャリバテ気味だったようだ。僕は登山中にバクバク菓子やらパンやらを食べ続けていたけど、テラピーは少ししか食べていなかった様に思う。それが原因かもしれない。ザックが重すぎるのも原因かも知れない。
白馬岳頂上宿舎から15分ほど登ると白馬山荘に到着した。白馬岳頂上宿舎は立派だなあと思っていたけれど、白馬山荘はさらに立派で巨大だった。誰がどうやってこんなに大きな建物をこんな場所に建てたのだろうか。僕の知り合いが白馬岳直下の小屋で働いていたと言っていたが、ここのことだろうか。こんな立派な小屋なら働いてみたいなあと少し思った。
外観だけでなく白馬山荘の中もすごく素敵だった。宿舎とレストランの棟に分かれているのだけれど、レストランの内装は標高2800メートルに位置しているとは思えないほどの内容だった。下界のレストランに比べて遜色がない、と言うより場合によってはこちらの方の内装の方が素晴らしいかも知れない。ウッディで広々としてしているし、窓際の天井にぶら下がるランタンなんかもムードがあっていい。それと、何より素晴らしいのは窓からの景色だ。さっき僕らが丸山から眺めていた景色を、より高い位置で、しかも食事をしながら眺められるなんて本当に贅沢だ。
昼食(まだ9時30分だけども)はレストランから下に降りた炊事場だったけかな、そんな名称のところで食べた。建物の中だけど火も使えるし水もある。そしてレストランと同様に、窓からの景色がすこぶるいい。
メニューはレトルトのほうとう。テラピー大絶賛のほうとうで、僕らはここに来る途中の八ヶ岳のサービスエリアで購入してきた。400円くらいしたかな?高いし重いし嵩張るしって言うほうとうだったけど、テラピーがおすすめした通りに美味しかった。味噌味で塩気があるものが嬉しいし、具も多く腹に溜まった。ここまで運んできた甲斐があったと言うもんだ。
食事が済むと白馬岳山頂への最後の登り。15分ほどゆらゆらと登ると、白馬岳の山頂へと辿り着いた。海底に沈んだ軍艦の様な形をした不思議な山頂。多くの登山者がここで休憩をしていた。標高2932メートル。10時30分。
白馬岳だー、と喜びたいけれどそうも行かない。僕らはまだ今日の予定の3分の1程度の距離しか歩いていないのだ。先は長い。クールにならなければならない。
小蓮華山を経て白馬大池へ
白馬岳の山頂辺りからは、僕らがこれから歩こうとしている稜線が一望できた。これからこの稜線上を歩くんだなあと思うとすごくわくわくしたけど、それにしても少し長いなあとゲンナリした。東から湧いてきた雲も時間とともに標高を上げてきている。雲が稜線を隠してしまう前に、白馬大池まで歩けるといいんだけど。
白馬岳の山頂では僅かな時間しか滞在せず、僕らはそそくさと白馬大池に向けて下山を開始した。丸山のピストンで時間を使ってしまったので、「良い感じのペースで歩こうぜ」、とテラピーと話した。
旭岳方面の分岐点でもある三国境には11時に到着、そしてそこからまたスタスタと下ったりちょっと登ったりして、新潟県の最高峰である小蓮華山には12時前に到着した。足を止めて写真を撮りまくったり休憩をしたりと時間を使ったけれど、それでもまあまあのペース。山と高原地図の参考タイムでは小蓮華山から栂池山荘までは4時間。よし、僕らはたぶん、栂池ロープウェイの最終までは間に合うだろう。しかし16時40分栂池高原発、白馬駅行きのバスには間に合うだろうか。タクシーを使うのは避けたかったので、もうちょっと急ごうって事で僕らは歩を進めた。
眺望の素晴らしい稜線歩きが続く。でもこの道、今は下っているからいいけど、白馬大池から登ってきている人はさぞかし大変な事だろうと思う。遮られる事のない昼間の太陽を浴びながら何時間も登り続けるのは、いささかしんどい事だろう、と登ってくる人の顔を見てそう思った。栂池から登山を開始する反時計回りパターンも考えていたけれど、時計回りに登山して正解だった。雪渓も、下るより空を見ながら登った方が絶対に楽しい。そして安全だろう。
登山の最中、登りは呼吸をしなければならないから話すのは難しくなるけれど、下りはぺちゃくちゃとおしゃべりをする事ができる。全く似てないモノマネをしたり、お気に入りの吉幾三が歌う「ワークマン」のテーマソングを口ずさみながらザクザクとガレた道をひたすらに下った。
そうやって色々としょーもない事を言いながら下山をしていたけれど、今回一番レベルが低かったのは、テラピーの歌ったあやまんJAPANの「ぽいぽいぽいぽぽいぽいぽぴー」という歌だった。振り付けつきで歌う彼女の姿を見た時は「この人最低だ」と思ったが、良くここまで山に合わない歌を引っ張りだして来たな、と考えを改め、そして逆に感心してしまった。そして「ぽいぽいぽいぽぽいぽいぽぴー」は僕のお気に入りとなった。下山にぴったりの歌詞だ。
まあそんなこんなで、13時10分には白馬大池に到着した。白馬大池は大きくて飛び込みたかったけれど、上から見下ろした時とは違ってその輝きを失い寒々としていた。ガスが池にあたる日を遮ってしまっているのだ。
そして当初の予定通り、体力的にもここで一泊するのが妥当だと思った。いい感じの疲れ方をしている。でもあと2時間半くらいなら歩けるだろう。後先の事を考えず歩くのであれば問題がない。
僕らはここで少し休憩し、そして最後のラストスパートに向け出発した。
乗鞍岳を経て栂池高原へ下山
白馬大池を見ながら北岸を歩くと乗鞍岳への登りが始まった。ゴロゴロの石をぴょんぴょんと登っていく。
そして14時前に乗鞍岳の山頂に到着。なんとか16時40分のバスに乗れるかも、という希望が見えてきた。
乗鞍岳の山頂からもしばらくはゴロゴロ石歩きは続く。そしてしばらくすると50メートルほどの雪田が現れ、そこを横断した。アイゼンを出すほどでもなかったけれど、たしかテラピーはコケた気がする。
雪田を越えるとまたゴロゴロ石歩き。今度は石の規模も大きくなって山の傾斜もきつくなって、段差の激しい登山道になっている。登ってくる人はとてもしんどそう。下山で良かったなあとしみじみ思う。
14時45分には天狗原に到着し、ここからしばらく木道歩きを楽しむ。それが終わると熊笹生い茂る急登をウネウネしながら一心に下る。
そしてとうとう、15時43分、栂池自然園に到着した。しかし喜ぶのはまだ早くて、ここからロープウェイ乗り場までは5分も下る。栂池山荘や栂池ヒュッテ前で寛いでる登山者を見るととてもうらやましく思ったが、重い体を引きずりながらそこをあとにした。
スニーカーを履いた普段着の人に次々と追いぬかれながら、なんとか僕らは16時発の栂池ロープウェイに乗る事ができた。ロープウェイの所要時間は約5分ほど。そして降りると、今度は栂池ゴンドラリフト「イヴ」に乗り換える。栂池高原駅までの所要時間は20分だ。
ゴンドラの中、登山を終えたばかりだと言うのに僕らは気を休める事ができなかった。16時40分発のバスに間に合うか間に合わないかの瀬戸際にいるのだ。
ゴンドラの乗車時間は20分もあるのに、僕は靴紐もゆるめずザックすら降ろさなかった。ゴンドラのドアが開けばすぐにダッシュができる態勢のつもりだったし、まだ気持ちを緩めるのがもったいないと思っていた。テラピーなんかはゴンドラが駅に着く前に立ち上がり、ダッシュするポーズをとっていた。ギャグだろうけど。
そして栂池高原駅に到着しドアが開いた。係員にバス停の場所を尋ねると「この道を・・・です!」と僕らのテンションに呼応してくれた。そして僕らは教えてもらった道を小走りで進み、16時35分、栂池高原のバス停に到着、そして40分の白馬行きのバスに乗り込むことができた。
いやー、奇跡的に間に合った。本当にぎりぎりだった。やれば出来るもんだなーっと思った。テラピーも僕も良くがんばった。タクシー代を浮かせる事ができた。
それにしても、本当に長い長い1日だった。3時に起きて活動をし始めて、もうかれこれ13時間も経過している。11時間以上は歩いただろううか。さすがに疲れたし足も痛いし、もう何もしたくない。車を運転するテラピーには申し訳ないが、僕はもうだめだ。1人先にくつろがせてもらおう。
そしてそう、今夜はなでしこジャパンの試合、オリンピックの決勝ゲームだ。そのために今日僕らは一生懸命歩いたんだ。でも見ない。とてもじゃないけど、こんなに疲れているのに、朝の3時に起きるなんて事は不可能だ。今夜はゆっくりと泥の様に眠る。がんばれなでしこジャパン。