初心者のための登山とキャンプ入門

富士山の「富士宮ルート」を登り「御殿場ルート」の大砂走りを駆け下りる。

御殿場ルートの大砂走り

2014年7月26日の富士登山。富士宮ルートから登り御殿場ルートから下った登山日記です。富士宮ルートではすぐに両足を痛めましたがそれでも頂上まで登り、下山は調子に乗って御殿場ルートを選びました。長い長い「大砂走り」ではボロボロになりました。登山の経験があっても富士登山は大変だ、普段運動をしていないと大変なことになるな、と身を持って学んだ登山となりました。

石井スポーツ 登山学校

水ヶ塚駐車場から富士宮口五合目へ

7月になると天気予報を毎日チェックしていた。富士登山では写真を撮りたいので晴天の日が望ましい。
今年は7月に入っても天気が安定している様には思えなかった。たぶん晴れる、ではなくて、絶対に晴れる日を選んで登らなければならない。それが7月の26日、土曜日だった。慌てて準備をして、慌てて寝て、慌てて出発した。

東京は江戸川の自宅を出発したのが夜中の1時頃。高速を飛ばしてしまったせいか、3時過ぎには富士宮ルートのマイカー規制中の駐車場である「水ヶ塚公園」へと到着した。富士山スカイラインで野生のシカを轢きそうになったこと以外何も問題はなかった。車の運転は苦手だけど夜中の富士山へのドライブなら楽しい。

水ヶ塚の広大な駐車場の、まるまる半分くらいは空いていた。赤く光った誘導棒を持った警備員が3人くらいいて、車を空いている駐車スペースへと誘導してくれた。駐車料金は1台1000円。
5合目行きのバスチケット販売開始は5時30分、始発は6時。横になって時間を潰すことにした。

寝ようとする行為にも飽きて、4時30分頃には活動を再開した。空はもう十分に、歩けるほど明るい。
本当ならこれくらいの時間帯から登り始めたい。陽が登り暑くなる前に少しでも上に登っておきたい。もし3人くらいで来ているのなら、夜中に水ヶ塚についてしまった時はタクシーを利用するのが良いと思う。五合目までのタクシー料金は4370円が目安。シャトルバスは片道1150円、往復で1500円。

水ヶ塚駐車場から見る富士山

5時になるとシャトルバスの停留所にはすでにいくらかの人が並んでいた。窓口はまだ開いていないのでチケットは買えない。
1707年の噴火でえぐられた宝永火口を眺めながらバス待ちの列に並んでいると、関西弁や愛知の方言らしき会話が聞こえてくる。富士山だなあと思った。空は雲ひとつない。

シャトルバス乗り場

5時30になると窓口が開き、そのまま列になったままチケットを買う。そしてその流れのまま環境保全協力金を1000円支払う。募金箱の様な透明なケースにお金を入れていく。そしてスタッフから、バッジと富士登山ガイドを手渡される。正直、登山前に物を渡されるのは邪魔になるので困ってしまうが、富士山の知識が全くない人もいるかもしれないのでしょうがないかもしれない。

それからすぐにバスには乗れたものの、6時になるまで出発しなかった。どうやらバスは数台で、まとまって五合目まで向うようだった。山道のすれ違い対策だろうか。この感じだと、どれくらいの人数が五合目から一斉に登山を始めるのだろうか、と心配になった。そしてバスは出発した。

バスを使って登山口に向かうという行為は好きだ。
なんというか、その山がスペシャルの様な気がしてくる。テーマパークみたいに待ち時間があったり、ある場所まで乗り物を使って向かったり、途中にクッションを挟むことで思いを巡らす時間が与えられる。そしてバスから木々を眺めていると、我々はどこか山深い特別なところに向かっているのだ、という気分にもなってくる。

富士宮口五合目の駐車場

バスが五合目に到着すると、登山者が一斉に下りた。小学校の遠足を思い出した。そこからは富士山の山頂がものすごく近い様に見えたけれど、近くない、近くないと自分に言い聞かせた。登山で自分を苦しめるのは「すぐに着くかも」という淡い期待を持つことだ。

富士宮口五合目には「五合目レストハウス」があり、そこではみな登山前の準備をしていた。トイレがあり入ろうとしていたけれど、ものすごい数の人が並んでいたので諦めた。
それにしても暑い。真夏のビーチを裸で歩いているようだ。この状態で3710メートルの山頂まで、1300メートルも標高を登らなければならないのだ。帰ろうか、なんて言葉も頭に浮かんでくる。

ちなみに今回が今年初の登山。自宅で仕事をしているので通勤で歩くこともないし運動もしない。たまに思い出した様にウォーキングをするくらいなのだ。果たして登りきれるだろうか。

富士宮口五合目から見上げる富士山

八合目辺りで太もも痛くなる

人がいっぱいだったので早速登ることにした。しばらく体を標高に慣らしたいところだけれど、ゆっくりゆっくり登っていけばいいだろう。6時40分。

いつも通りゆっくりと登り始めた。
どれくらいゆっくりかと言うと難しいけれど、ほとんどの人に抜かれるくらいゆっくり。大人も子供も、そしておじいさんも僕を抜いてゆく。それくらい遅く登る。
けれどそれでも、いつもよりは速く登っている気がする。狭い道でゆっくり登ると後ろの人に道をゆずるのが難しいので、速く登らざるを得ない。富士宮ルートは道幅も狭いし下りの人も同じルートを使う。バス5台分の人が同じタイミングで登り始めるという理由もあり、マイペースで登るのは非常に難しい。むしろ、ゆっくり時間を使ってから登り始めた方が良かったかもしれない。でも時間を使い過ぎると太陽はどんどん登ってきてしまう。

振り返ると遠くの方には南アルプスの南端、聖岳や上河内岳のわかりやすいピークがちらりと見えた。駿河湾と陸地の境目は霞んでよくわからない。

富士宮ルート はじめのゆったりとしたトラバース

しばらく進むと六合目の「雲海荘」に到着。ここでトイレを借りた。料金は200円。コイン式になっていた。

その後もゆらゆらと陽に顔をそむけながら登った。日差しは厳しいけれど、標高が上がれば風も吹き始めてすごしやすくなってきた。下ってくる外人さんも多い。こんにちは、と声をかけるとコンニチワと返してくれるのが嬉しい。

登っては止まり、登っては止まり、を繰り返していた渋滞の道も、新七合目辺りまでくるとだいぶ落ち着き歩きやすくなった。長い休憩を取る人もでてきたし、全体のペースも落ち着いたので人と人との感覚が開いたのだろう。
僕は休憩を取らずに登っている。ゆっくりと登ってきているし、渋滞で止まることも多いので休憩は必要ないと思った。

振り返ると人々が蟻のように登ってきている。その向こうでは低い雲が樹林を覆っていた。雲よ早くここまで来い、と思う。晴れた日を狙って富士山にきたけれど、もうそれはどうでもよくなっていた。暑い。

富士宮ルートの混み具合

左足の太ももに異変を感じはじめたのは八合目辺りだっただろうか。
左足に体重を乗せると太ももの筋が張り痛い。気にせずに登るとその痛みの部分は拡大して深くなった。このまま放っておくと足がつるのだろうか、それともブチッといってしまうのだろうか。こんなこと初めてだからよくわからない。とりあえず小休止をすることにした。

少し休み再度歩き始めると痛みはない。けれど進み続けると痛みが遠くからやってくる。そしてまた痛みは深くなり座り込む。そんなことを2、3回繰り返し、ついには反対の右足の太ももも同じ症状になり、諦めて長めの休憩をとることにした。

どうしたことだろうか。「運動をしていなかったので太ももがだめになり膝を痛める」、そんな予想はしていたから膝サポーターを持ってきたけれど、まだ8合目じゃないか。こんな足で頂上まで登れるのだろうか。まあ、だましだまし登ることはできるかもしれない。けれど、登ったところで下りてこられるのだろうか。

15分くらい安んで再出発。するとまた痛みはなくしばらく歩けるようになった。
しかし痛みは徐々に徐々に積み重ねる様にやってくる。少しでも力が入った登り方をすると一気に痛みが深くなる。そしてまた止まる。そして考える。
今年初の登山が富士山で、まったく運動もしてこないで、というか毎日椅子に座りっぱなしで、そんな状態で富士山にくるべきではなかった。それに八合目までの道のりもいつもよりは無理をした。後ろがつっかえたり道を譲られたりするもんだから、どうしても太ももの力でえい、と登らざるを得なかった。そして久々で片足1キロの登山靴はきつい。手で抱えている2キロのカメラもきつい。僕の反省会はすでにはじまっていた。神仏に祈る思いでアミノサプリを飲んだ。

そんなことやあんなことをぶつぶつと考えながらまた登りはじめた。下山することも考えた。たとえ頂上まで登れたとしても、この状態じゃ下りられないだろう。まだ力のあるうちに下りてしまって、家に帰り「富士宮ルートに敗退!」みたいな日記を楽しく書こう、とまで考えていた。去年の夏、暑すぎて2度も山から下りてきてるので諦め癖もついていた。

富士宮ルート 八合目辺りから下を眺める

そんな精神状態だったけれど、幸いなことに八合目以降、人の列はかなりまばらになっていた。なのでどんだけでも自分のペースでゆっくりと、ゾンビの様に登ることができた。気が付けば周りの人もゾンビの様によろよろと登っている。
そしてその中で、太ももに負担をかけずに登る方法も習得した。なんと説明をしたらいいのかわからないけれど、腰をクイッと突き出しながら登る。そうすると太ももが痛くならないことを学んだ。重い荷物を背負う時には自然とこうやって登れているのかも知れない。久々の登山で足捌きもできていなかったのかもしれない。

そして、まあとりあえず登れるところまで登ってしまおう。ダメになったらどこかの小屋で長時間休憩して、夜でもなんでも回復したら下りてくればいいじゃないか、とも思うようになった。お金も持っているし急いで降りる理由はひとつもない。

富士宮ルート 山頂付近の混雑具合の様子
山頂付近の混雑具合の様子

九合目から道は完全に渋滞し、ちょっと登って休んでのパターンに戻った。おかげで太ももの痛みが蓄積される前に休憩できるし、このペースなら高山病にもなりにくいだろう。
そんな調子で皆と一緒にちょこっとずつ標高を上げ、ついには富士宮ルート山頂の鳥居をくぐった。だれかが「山頂の鳥居はゴールゲートの様だ」と言っていたが、まさにその通りだと思った。一人登山の僕はクールな素振りをしていたけれど、心のなかでは両腕を高々とあげていた。満面の笑みで。

御殿場ルートからの下山

富士宮ルートの鳥居
富士宮ルート山頂の鳥居

富士宮ルートの頂上、頂上富士館の前や駒ケ岳の上ではたくさんの人が休憩していた。その中に僕も混じり、パンを食べお菓子を食べ、少なくとも1時間くらいは休んで筋肉を回復させようとした。

暇なので姉に電話をしてみると「御殿場ルートから下りてきたらどうだ」と提案があった。御殿場口新五合目から水ヶ塚の駐車場まではバスが走っているので問題はない。
この足じゃ無理でしょ、と言うと「大丈夫でしょ」と姉は言った。

そして僕はなぜかその気になってしまい、ノリで御殿場ルートから下りることにした。片道だけで富士宮ルートの2倍の距離はありそうな御殿場ルートを、この足の状態で下りるのだ。でもそんな足の心配よりも、登りと違う道を使える楽しさの方がはるかに勝った。
御殿場口新五合目から水ヶ塚駐車場行きの最終バスは17時20分。現在13時。新五合目までは4時間はかかるだろうか。ぎりぎりだった。

慌てて日焼け止めを塗り直し、砂塵対策のバフを首にまき、ストレッチをして出発した。
ありがたいことに、御殿場ルートの下山口は反時計周りに2,3分も歩けばあった。 そしてスタートゲートの鳥居をくぐって下山、いざ開始。

御殿場ルートの様子

ゆっくりと下りたかったけれど、道は角度もあり重力に逆らうと太ももがすぐにだめになってしまいそうだった。なので軽く小走りをする様なかっこうで下った。道には直径5~10センチほどのコロコロとした石が積もった道が多く、そこにカカトを蹴り込みクッションを利用することで快適に下ることができた。たまに失敗すると、固い地面に足を蹴りこんだ。

こうすることで石ころは削られ小さくなり、そして下に落ち、さらに削られ下に落ちていく。この石ころ達はそれをくり返すことで、砂走りの砂礫になり砂塵になり空に舞うのだろうか。このままではいつか富士山がなくなってしまうんじゃないだろうか。なんてことを思ったりした。

御殿場ルートのコロコロした石

こんな感じで、調子よく七合目の「日の出館」まで下ってくることができた。頂上から1時間と少し。太ももも今のところ心配なさそう。
小走りなもんだから景色を見たり写真を撮ったりする余裕はなかった。けれど道を下っていて思ったのは、登ってくる人が尋常じゃないくらい辛そうだということ。この時間に山頂付近だからかなり暑いことだと思う。僕もかなり暑い。水の減りが心配になった。

遠くにちらっと宝永山の頭が見えて、それに向かって登山道がずーっと伸びている。さて、ここから砂走りだ。

地獄の大砂走り

御殿場ルート 宝永山と大砂走りの道
奥に見える山が宝永山

はじめは固かった地面は進むに連れフカフカな砂礫の道になった。
先ほどと同じ様にカカトを地面に蹴りこみながら進む。太ももに負担をかけたくなかったので、重力には逆らわず足を出す。 そして道の斜面は急になると、僕は自然に加速した。

もう完全にダッシュをしてしまっていた。もちろんダッシュするつもりなんて全くないんだけど、ほっておいたらどんどんと加速してしまう。砂埃を大いに巻き上げ、本当に申しわけない、とそれを登山者に浴びせ抜き去った。
爆走している自分を客観的に見てみたい、と思った。かなり必死な顔をしているのではないだろうか。

ここにきてわかった。砂走りは「走って下れる」というだけであって、「走って下れるから楽」というわけではない。走る行為は平地でもどこでも同じ様につらい。そして、止まりたいけど止まれない。すごく悲惨だ、と思った。

御殿場ルート 大砂走りで砂塵をあげる登山者

これ以上走り続けるのは無理だと判断し、ブレーキをかけながら下ることにした。それでも小走りにはなってしまうけれど。

宝永山への分岐まで下りてきた。近くから見る宝永山は大きくて迫力がある。馬の背も綺麗に山頂まですうっと伸びている。
ちなみにここから富士宮口五合目へはそう遠くない。なので分岐を右に行きたくなった。そして何よりも、宝永山に向け登っている道が魅力的だった。もう下りは十分だ。登りたい、登りたい、と強く思った。

御殿場ルート 宝永山、富士宮ルートへの分岐
御殿場ルートと宝永山・富士宮ルートの分岐

砂走り下りを再開した。
加速しないようブレーキをかけながら下っているけれど、それでもなかなかのスピードになってしまう。体中から汗が噴き出る。

いつになったら終わるんだろうか、いつになったら平地はやってくるのだろうか。行けども行けども下り坂である。そして走らされてしまう。
砂走りで楽しいのは最初の1分くらいかも知れない。1分を過ぎれば、砂走りは予想よりもつらく長い旅である、と気づくことだろう。

下れども下れども、砂走は終わらない。
上から登山道を眺めていると下の方は平坦な道に見える。よし、そこまで行ってみようとがんばるが、そこまでたどり着くと同じ様に下り坂になっている。

「平地はないのだ」と認めることにした。平地を求め、期待を持って進むのは心によくない。平地はないのだ。期待を持たず、一歩ずつ無の心で進むのだ。

御殿場ルート 砂走りは靴がうまる
埋まる靴

体力的にもきつくなり、下っては休み下っては休みが多くなった。その都度水を飲むから水も残りわずかとなった。

雲が空を覆いはじめると、よし、と喜んだが、無情にもその雲は頭上からすぐに去っていった。西からの陽を容赦なく体に浴びた。振り返ると富士山の山頂ははるか遠く。しかし砂走りは一向に終わる気がしない。一本道はずーっとどこまで続いている。このまま地球の底まで下りてしまうのではないだろうか、と思った。

それにしても御殿場ルートの景色はものすごい。植物のない一面灰色ののペーっとした斜面が山頂に向かっている。富士山のスケールの大きさを体感することができる。この道を一番最初に登った人はすごいなと思った。今の様にしっかりとした道もなくロープもなければ自分がどこを歩いているかもわからなくなるだろう。ガスに視界を奪われたらどんな気分になるのだろうか。

御殿場ルートの斜面

バスの時間もあるので休憩もそこそこに砂走り下りを再開した。

砂走りを下ることに慣れてきたのだろうか、力が抜けてきたのだろうか、砂走りを下る僕のフォームが変わってきた。それを、ドリフのオープニングの加藤茶みたいな動きだと思った。登ってくる人に「あいつドリフのオープニングの加藤茶みたいだな」と思われるのが嫌だった。けどそんなことはどうでもよくなった。どんなにヘンテコなフォームで歩こうが、とにかく早く御殿場口新五合目にたどり着きたかった。ゆっくりと歩ける平地に行きたかった。

この時の頭の中の言葉を文字にしてみると「長い、疲れた、終わらない、カメラ重い、終わらない、無になるんだ、何も考えない、疲れた、長い」と言った状態で、それが壊れたCDみたいにずっと頭の中で繰り返し続けた。ついに水はなくなった。江戸時代の拷問のことを考えた。終わりの見えない苦しみとは、どれほどのものだろうか。下り坂を延々と下り続ける様な、希望のない日々はどれほど辛いのだろうか。

富士山 御殿場ルート 砂走り

遠くの方に光る何かが雲間から見えた。はっきりとはわからなかったけれど、それはどうやら駐車場に思えた。しかし嬉しいとは少しも思わなかった。それが蜃気楼の様に遥か遠くに見えたからだ。
道の角度はやや落ち着き、それと同時に砂のフカフカ具合も減りいくらか歩きやすくなった。けれどもう僕の体力は限界にきていて、1分歩くのが10分も歩いた気分になり、6分も歩けば1時間歩いた様な気持ちになった。ソリかなんかでシューッと下れないだろうかと思った。何かソリ代わりになるものはないか、と自分のザックの中身を真剣に考えてしまうほどだった。

他の人はどんな気分なんだろうかと気になり、麦わら帽子をかぶっているお兄さんに「あそこに見えるのって駐車場ですかね」と話しかけた。すると「僕はそう思ってがんばって歩いています!」という元気ですごくまともな答えが帰ってきてくやしかった。

富士山 御殿場ルート 砂走り後半
まだまだ続く一本道

突然大石茶屋が目の前に現れた時は、嬉しい様な嬉しく無いような、少し困惑してしまった。
というのも、大石茶屋よりもさらに下りた遠くの方に駐車場が見えるのだ。ここで終わったー、と体を投げ出して休憩したいものだけれど、ここはゴールではない。ここからバスは出ない。喜ぶべきかどうか複雑なところだった。

御殿場ルートの大石茶屋
大石茶屋

大石茶屋のベンチにドカッと腰を下ろし、ポカリスエットを注文した。自分の口から出た「ポカリスエット」という言葉に「イザナギノミコト」とかそんな神聖な響きを感じた。しかしいつもは甘くて濃いポカリスエットがさらさらの薄味に感じた。薄めたんじゃないだろうか、と茶屋の店主を疑った。僕の心も体も終わっていた。

時計を見ると15時40分。水ヶ塚行きの最終一本前のバスは16時25分。大石茶屋から駐車場までは10分足らずなので間に合うが、もう動きたくなかった。このまま大石茶屋で1時間休憩し、最終に乗って帰れば良いじゃないか、と思った。けれどちょっと休むと元気を取り戻したので駐車場まで下ることにした。

15時56分。御殿場口新五合目に到着した。何やら楽しげな店がいくつか出ていたが、覗いてみる余裕はこれっぽっちもなかった。ベンチに座り込み、バスが来るまでただただ休憩をした。飲み物を飲んだり、何かを食べたり、そんなこともできない。
登山靴はダメなウインナーみたいな色になり、ズボンは白く、ザックもかなり汚れた。汗を吸い込んだ服や露出した肌も砂塵で黒くなった。

御殿場ルートの砂走りで色が変わった登山靴

とっくに限界は超えているけれど、よくもまあ下りてこられたと思う。
富士宮ルートを登っている時は、太ももがダメになったとリタイアするつもりでいたのだ。また、太ももがダメになれば膝を痛めるのはよくあることだけれど、それもなかった。人の手を煩わすこともなく自力で下山ができた。それだけは本当によかったと思った。

水ヶ塚駐車場は雨
水ヶ塚に戻ると雨。富士宮ルートは雨の様だ。御殿場ルートで良かったかも。

「もう富士山に登るまい」と強く思ったけれど、体力が回復すると不思議なことに「次はもっと楽にいける気がする」と思わずにはいられない。御殿場ルートを星空を眺めながら登ったら楽しそうだ、と登る前よりもはるかに気力が充実している。いつもよりギラギラしている自分がいる。これだから山は怖い。ボロボロになればなるほど、そのぶん活力をもらえる。

そんなことを、帰りに立ち寄った足柄のサービスエリアで、ハンバーグと分厚いベーコンとぶっといソーセージが入ったグリルを食べながら思った。

富士宮ルート・御殿場ルートの大きな写真

下記リンク先に、御殿場ルートと富士宮ルートの大きな写真をたくさんアップしています。コースの様子がよくわかるので登山の参考になるかもしれません。スマートフォンやタブレットでも見ることができます。(グーグルのアルバムにジャンプします。)