初心者のための登山とキャンプ入門

ベビーメタルとわたし #2
ギミチョコの衝撃・メギツネの感動

babymetal スーメタル作

ユーチューブの右側にでてきた「あなたへのおすすめ」をクリックする。曲のタイトルは「ギミチョコ」。タイトルに関心はもたなかったけれど、その下の再生数を見て驚愕した。

2019年の現在では1億を超えた再生数だけれど、2015年は3500万ほどだったろうか。
僕が以前おこなったアイドル調査の過程で、誰のどの曲がどれくらいの再生数がある、というモノサシは持っていたので、3500万ビューは見たことのない数字だった。数字を左から3度確認するほど、信じられない様な数字だった。

それだけでなくコメント数の量も凄まじかった。そしてそのほとんどが英語である。この現象はそれまでで経験したことがないものだった。なぜこんなことが?とすごく不思議に感じた。

まれに出現する「日本の変なもの」がたまたまヒットしたのだろうか。その可能性は非常に高い。でもそれでも、僕は少しワクワクしていた。この数字は何かを示しているはずだ。たとえすごく変なものでも、つまらないものではないだろう。

そして、そこそこ高いヘッドフォンとアンプで、迫力のボリュームで、その再生数に敬意と期待を持って再生ボタンをクリックした。

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ギミチョコの衝撃

「ギブミー・チョコレート」という声から始まり、画面には女の子らしき3人のシルエットが浮かび上がった。そしてイントロがはじまった。

1泊目の音で椅子からひっくり返りそうになった。画面から衝撃波が出て自分の体が後ろにのけぞった気がした。それくらいの音だった。人生で最も衝撃的な一発だった。7弦ギターのゴリゴリの音である。想像していたよりも100倍は激しくて重たい音に思考が停止した。

(ちなみにこれは後で思うに、イメージと現実の差だったのではないか。今まで5万と聴いてきた「メタルっぽい音楽」のイメージを前もって頭に準備していたために、その差に頭がついて行けずびっくりしたのではないかと思う。小学生に「俺のお腹を力いっぱい殴ってみなよ」って遊びで言って、実際殴られたら想像より遥かに痛くて膝から崩れ落ちた、みたいな感覚に近いかもしれない。)

そして曲がAメロに入ると、すごくダサい。なぜだ、そしてちょっと恥ずかしい、と思っているうちにサビがはじまり、キャッチーでいいんじゃん、って落ち着く。
そしてまたリフに戻ってかっこいい、Aメロダサい、 サビいい、と塩と砂糖を交互に舐めさせられている様な、謎の状態を繰り返し、今見ているものはいったい何なのか、と考えがまとまらない。曲はそれを許さない。そしてギターソロに突入。中東っぽくてかっこいいじゃんと思うのもつかの間、カメラは客席を映す。っていうかこれホントのライブだし、しかもたくさん観客がいるし、盛り上がっているし、なんだよこれ!なんなんだー!!!

という感じで、記念すべき一回目のギミチョコの視聴は終わった。あっという間だった。

衝撃と混乱の4分間だった。これは何である、という分析が全くできなかった。良いも悪いもなかった。歌っているとかいないとか、演奏しているとかしないとか、そんなことはどうでもよかった。 ただただ見たものが衝撃的でショッキングでだった。駅前でケンタウルスを見かけた感じだった。「あれはケンタウルスなのかな?ふむ」って思っているうちに曲が終わってしまった。何もできなかった。

とにかく凄まじく違和感のあるものを目撃してしまった感じで、頭の中は真っ白に近かった。とんでもないものを見てしまった、と思い部屋の中をついつい見渡した。

それに加え、自分がその4分の間、未来に行っていた不思議な気分を味わった。その4分間、未来の映像と音楽を聴いていた気がした。子供の頃ディズニーのキャプテンEOを体験した感じだった。
(ちなみにギミチョコに関しては、今でも未来の音楽だと思うことがある。普段聴きたいとは全く思わないし、ライブ映像でも飛ばしていいかな、って感じだけど、ギミチョコのMVだけは未来を感じる。未だに不思議な音と映像で理解できない部分がある。)

そして、混乱からある程度の正気を取り戻した僕は、まてまてまてまて、と思った。
この凄まじいものをなぜ僕だけが知らないのだ。こんなに動画を見ている人がいて、ライブに行っている人もたくさんいる。それなのになぜ僕は知らないのだ。なぜ自分の周りから今まで話題に上がってこなかったのだ。なぜヤフーニュースやテレビ、新聞などから見聞きしないのか。

僕がたまたま見落としているだけなのだろうか。あるいは一定の期間、僕は意識を失っていたのかもしれない。それを家族が内緒にしているのだろうか。俺は今この目でケンタウルスを見たのだ。なぜ誰もそのことに触れない。
本当にそれくらいの気持ちだった。

自分の今ある状況が少し不確かになるような不安を覚えた。ギミチョコはそれくらいの衝撃だった。

メギツネで落ちる

ギミチョコを理解すべく何度か聴いてみたものの、うまく言葉に表すことができなかった。それがものすごく中毒的なものだとは感じていた。そしてものすごく惹かれていたと同時に、反発心もすごかった。好きな女の子にこのブス、と言いたい気分だった。自分でも自分の感情がよくわからないのだ。

僕はギミチョコを「軌跡の1曲」だろうと結論づけた。
そして「次の曲だ、次の曲がだめならだめなのだ」という謎の心理状態に向かった。次の曲を理解して否定してやるのだ、といった勢いだった。なぜか追い詰められた気分でもあった。
次の曲には再生数の多いメギツネを選んだ。

そしてメギツネを聴き終わった僕は、膝から崩れ落ち、床にに手のひらをつけ、涙を流していた。

僕は20歳の頃にバンドをやっていて、コーンなどのミクスチャーバンドを聴くのが好きだった。ヒップホップや4つ打ちとロックの組み合わせがとても面白かった。ミクスチャー最盛期で日本にもそんなバンドがたくさんでた。ドラゴンアッシュとかもその時代の生き残り的なイメージがある。ロックバンドはやたらラップ的なものをやりたがった。7弦ギターが売れまくった。

そんな中自分もバンドの曲作りをやって「ロックと何を合わせたら面白いだろうか」と日々考えるようになった。その思考はバンドをやめロックを聴かなくなってからも続いた。
で、時は過ぎ、おじさんになってからもその脳内プロデューサー的な姿勢は変わらず、歌番組を見ては「こうしたらきっと面白いんじゃないか」とか「俺だったこうするなあ」なんて思いを巡らせていた。「俺だったらもっと面白いものを作れる」とすら考えることもあった。

しかしメギツネを聴き終わり、自分が間違っていたこと、何も知らなかったことを思い知った。

自分の頭の中にある音が、メギツネには到底及ばないことを思い知った。自分は間違いなくこの音楽を作れない、と思った。自分なら面白いものが作れると考えていた愚かさを知った。脳内プロデューサーなので勝負は全くしてこなかったけれど、叩きのめされて、完敗だった。

そして、とても嬉しかった。こんな面白いロックを作れる日本人がいることが本当に嬉しくて、涙がでた。やっと会えた、とすら思った。

世界で通じるアイドル発見か

メギツネの曲の基本はダンスミュージック。そこに重いギターリフにシンセのリード、和楽器と演歌、ジャパニーズスケール、祭り的な合いの手、メタル的なツーバスとブレイク、さくらさくらからのビルドアップ。ビジュアルはゴスロリファッションと左右の小さな女の子。そして、これらを最終的にアイドルの歌う日本語のJpopの形にまとめる。こんなもの作れないよ、って思った。

普通どっちかのジャンルに寄っていまいちになると思う。和楽器の入ったダサいジャパニーズロックか、音重視で洋楽みたくなっちゃうか、スカスカのJpopか。でもメギツネはどの要素もバランスよく存在している。踊れるし、ノレるし、聴ける。よくこんなことができたな、と心から感動した。どれくらいの時間がかかったのだろうか。

それと同時に、これをやろうと思った人は頭おかしいんじゃないだろうか?と心底思った。やべぇやつだよって。この曲を作って、アイドルに歌わせて、そして売り出そうとよく考えたなと。良い意味で、よくこんな気持ちの悪いものを作ったなと。
本気で面白いものを作ろうとしている。世界にはすごい人たちがたくさんいる。

メギツネを聴く前の反発心は完全になくなり、僕はベビーメタルに屈した。制作陣の才能と本気と狂気と、この音が日本人から出たものであるということ、自分の脳内プロデューサーとしての走馬灯と、そしてこれは世界に通用するかもしれないという未来と、色んな思いが一変にやってきて、嬉しくて泣が溢れた。
雲間から光が地上に降り注ぎ、その光が照らす領域がどんどん広がっている景色を眺めているような、そんな晴れ晴れとした素敵な気分だった。

「日本のアイドルが世界に通じるかもしれない」と思い至り調査をしてきた。一時は諦めたが、とうとう世界で戦えるアイドルを見つけた。そんな喜びでいっぱいだった。
よし、ベビーメタルなら絶対にいける。そう強い確信を持ったのも束の間。僕は何も知らなかったことを知った。

ベビーメタルはもう世界で戦っていたのだ。