初心者のための登山とキャンプ入門

初心者の北アルプス縦走 -北穂高・涸沢岳登山日記-

涸沢から北穂高岳への登り

はじめに

本来なら中房温泉から登山を開始し、
燕岳~表銀座~大天井~常念岳~蝶ヶ岳 と言う、
槍ヶ岳や穂高を眺めながらの縦走を行う予定だった。
メンバーはいつもの僕とヤハケン、そして姉と姉の夫の合計4人。

ベテラン2人を交える登山で、しかも僕とヤハケンにとっては初の多人数登山。
気合も入り山行計画も早々と作ったのだけれど、登山一週間前に予定が変わってしまった。
姉が妊娠して登山に行けないことになったのだ。

しかし僕はあわてることはなかった。
何となくこの計画が誰かのせいでおじゃんになるのではないか、
と言う気がしていたのだ。
いつもそうだ。僕以外の人はみな忙しい。
僕は365日山に行ける準備が出来ている。

そして僕はメンバーが減ると同時にコースを変更した。
燕岳からの縦走をやめ、穂高を巡るコースに決めた。
自分が登りたいところに登ることにしたのだ。

テーマは北アルプス縦走。初の2泊3日だ。
登る予定の山は北穂高岳、涸沢岳、奥穂高岳、前穂高岳。
3回目の登山にしてかなりのステップアップになるが、まあ何とかいけるだろう。

いざ穂高へ!

9月20日(日) 上高地へ

9月20日日曜日AM1:00過ぎ、
ヤハケンが愛車ハリアーで僕の家まで迎えに来てくれた。
自宅に帰らず職場からの直行。
忙しい中本当に申し訳ないと思ったが、早朝出発するにはこのパターンしかない。
僕は何にもする事ができないがせめて起きていよう。
せめてヤハケンのドライブを素敵なものにしよう。

湾岸道路を爽快に駆け抜け、
首都高の厳しいカーブでヤハケンが無口になり、
お馴染みの「中央病院 性病科」の赤い文字の看板を過ぎ、
中央道をひたすら西へと走る。
こんな深夜だと言うのに交通量は思ったよりも多い。
朝6時頃出発するプランも考えていたのでひやりとした。

僕とヤハケンの話題は音楽と山。
山と言っても装備や服装の話がほとんどだ。
しかしそれでも話題はいつも尽きる事がない。
そして松本ICにはあっと言う間に到着した。
料金は首都高と合わせて1300円。安い。

松本インターを降りるとすぐさまコンビニに立ち寄り食料を調達。
コンビニはシルバーウィークと言うのもあるだろう、
真夜中にもかかわらず沢山の人がいた。
それにしても寒い。
まだ9月の半ばだと言うのにこんなにも寒いのだろうか?
北アルプスの夜はいったいどれほど寒いのか。
僕らの装備で無事夜を明かすことが出来るのだろうか。

松本インターからは158号、野麦街道を通って西へ。
以前、東京から沖縄への自転車旅で、汗をかきながら駆け抜けた道だ。
素敵な道だったと記憶しているけど、
こう真夜中では何の景色も見えない。
しかし、とうとうここに戻ってくる事ができたのだ。
北アルプスに登りたいとあれから思い続けていたが、
今日やっと登ることができる。

稲核ダムを過ぎ、道の駅風穴の里を過ぎ、
梓川テプコ館を過ぎ、トンネルをいくつか過ぎ、
5時30分頃、沢渡の駐車場に到着した。
上高地はマイカー規制されているので、
ここからバスに乗り換えなければならない。

しかし到着してみるとすでに沢渡の市営第二駐車場は満杯だった。
恐らくここが沢渡のメインと思われる駐車場で、
収容台数が600台もあると余裕をもっていたけど満車とは。
少しあせったけど、沢渡にはいくつも駐車場がある。
ヤハケンはハンドルをギュインと切り車はユーターン。
しばらく走った先の「沢渡上」と言う駐車場を何とか確保することができた。
しかしここでもぎりぎりだ。

それにしても上高地・北アルプスがこれほど人気とは誤算だった。
もう少し遅かったら駐車場すら確保できず右往左往していたかもしれない。
確かに連休2日めだけど、この時間で既に満車なんて。
そしてこの誤算は後々も僕達を驚かすことになった。

駐車場の料金は一日500円。3日で1500円。
沢渡上の駐車場では、おばちゃんが受付用紙片手に走り回っている。

僕達は準備を済ませバスを待つ。料金は往復で2000円。
沢渡上のバス停は沢渡エリアでも後ろの方なので、
到着したバスはほぼ満車状態だ。
しかし何とか僕らは一回目で乗車することができた。
僕達の後ろにもかなりの人が並んでいたので、
最後尾の人はあとどれくらい待たなければならないのだろうか。
連休でバスの本数は増えているようだけれど、
予定がカツカツで来ている場合は大変だろう。
深夜出発の僕達でさえぎりぎりの状態なのだ。
連休で上高地に来る場合はかなり余裕を持たなければならない、と思った。

6:10分発の松本電鉄バスは、ツアーバスのようなしっかりとしたバスった。
僕とヤハケンは別々の場所に座るしかなく、
補助席もフルに使ったまさに満車状態で沢渡を出発した。

バスの中ではさわやかな女性の声のガイダンスが流れている。
景色を見たいのだけれどバスの窓は曇っていて良く見えない。
外もガスっているので、大正池も良くわからないままに通過した。
さわやかな女性のガイダンスとは反対に、車内はどんよりとしたムード。
みんな眠いのだ。まともに寝て来た人はいないのかも知れない。
そして6:35分。予定通り上高地のバスターミナルに到着した。

上高地バスターミナル前
インフォメーションセンターと食堂の間のスペースで登山の準備をする人々。水もとれる。

上高地バスターミナル目の前にある上高地食堂は、
事前に調べた通りオープンしていた。
6時からオープンしているとはりがたい。

それにしてもこの人の多さはなんと言うことだろう。
ランチタイムと言っていいくらいほとんど席がうまっている。
外を見ても上高地食堂とインフォメーションセンターの間の広場には、
多くの登山客で賑わっている。
荷物を整理したり、水を汲んだりストレッチをしたり、
老若男女様々な目的を持ち出発の準備をしていた。
見ているだけで自然とテンションがあがる景色だ。

朝食には僕がモーニングを。
コーヒー付きのモーニングセットが食べれるなんてとてもうれしい。
ヤハケンはかきあげそばを勢い良くすすった。
食事をしながら窓から見える山について語りあう。
僕は「あれが穂高だ」といいかげんな事を言っていたが、
ヤハケンは「へ~」と素直に納得していた。

本来なら食後に仮眠をとる予定だったけど、
何となく仮眠をとることをやめた。どうせ3、4時間なんて寝られるわけがない。
アンデス系の音楽にアレンジされたランバダが流れるトイレでタイツを履き、
一服、ストレッチ、そして出発前の記念撮影をし、7:47分、上高地を出発した。

そばを食うケンイチ氏
ヤハケンの注文したかきあげそばはなかなかのボリューム。
恒例の出発前の撮影
寝てないが気合は充分。なんとかやれそうだ。

上高地から横尾へ

上高地を歩く

息が白い、寒い。
僕はフリースを、ヤハケンはウインドブレーカーを羽織りながら歩いた。
河童橋は恐ろしいほど混雑しており、記念撮影をする暇もなく通り過ぎた。

途中梓川沿いの小梨平キャンプ場に寄り道をし、
ヤハケンに小梨平キャンプ場の素晴らしさを伝えた。

ここは直火もできるし、車とバスで来られる素晴らしいキャンプ場だと思う。
荷物が多ければ上高地の郵便局に送ってしまえば良い。
以前僕がキャンプをした時はちょうど新緑の季節だった。
寒かったけど、残雪が残る穂高ときらきらした緑は何とも言えず、
一週間はここでのんびりとしたいなと思ったほどだ。
実際その時、2名ほどそんな人はいた。

思い出に浸りながら黙々と歩き続ける。
梓川沿いをぶらぶらと一時間歩いたら明神館に到着だ。
ここで一服をし、暑くなったフリースを脱ぎ、
次の目的地である徳沢に向け出発した。

道は相変わらず平坦で広く歩きやすい。
左手に梓川と明神岳を見ながら歩いてゆく。
空はびっくりするくらいの快晴で山の稜線が美しい。
3回の登山全て晴れるなんて、僕らはよっぽど運がいいのだろう。

人も多い。今までの登山とは人の多さがまるで違う。
ちょっと顔を上げれば5人は視野に入るし、
見通しの良いとこに行けば10人以上は見える。
抜いたり抜かれたり中々忙しくてペースを掴むのが難しい。
次来るときは絶対平日かシーズンオフにしようと思う。

ハンターケンイチ
徳沢で休憩するハンターヤハケン

そんなこんなで徳沢に到着した。
徳沢のキャンプ場は、来られなくなった姉が言う通り素敵な場所だ。
ぽっかりと空いた広いスペースに、テントがおもいおもいに張られている。
日がぽかぽかと暖かそうだ。
こんな緑の芝生でペットと追いかけっこをしたり
フリスビーなんかをしたらさぞかし楽しいだろう。
ペットを飼ったことは一度もないけど。

徳沢から横尾へは同じ様な平坦な道のり。
多少道幅は狭くなり小さな登り下りが増えるものの、
今までと同じ様なペースで進むことができる。
新村橋という吊り橋を越え、
眠たい頭でぼーっとしながら歩き続けるともうそこは横尾だった。
ここで僕らは昼休憩をとることに決めた。11時だ、ちょうど良い。
上高地から歩いて3時間ちょっと。良いペースだ。

横尾まで来れば人は減るだろうと考えていたがそんな事はない。
横尾の混雑ぶりはこれまで以上だった。
槍ヶ岳方面へ向かう人、涸沢に向かう人、蝶ヶ岳方面へ向かう人、上高地へ帰る人。
ここは街道と街道の交差点かもしれない。
飯を食う人寝る人、談笑する人、
交通手段のほとんどが徒歩の大昔も、大きな辻はこんな感じだったのだろうか。
大道芸でも見せて小遣いを稼ぎたいものだ。
できないけど。

横尾ではコンビニで買ったパンをほお張りながらインスタントコーヒーを飲み、
しっかりと休憩を取った。合計1時間ほどになるか。
日差しがびっくりするくらい強く、肌が「ジリジリ」と言っているような気がした。
ここで日焼け対策をしておけば後々ひどくはならなかっただろう。
真っ黒になるなんて素敵じゃん、なんて高山の日差しは予想より遥かに強かった。

ディレクターケンイチ
横尾でマイケルムーア風に変装をするヤハケン。

横尾から涸沢へ

吊橋とケンイチ氏
横尾のつり橋。向こうには屏風岩。

横尾からの登山道が今日の一番の山場だろう。
横尾から涸沢までの標高差は700mほど。
今まで遊んだ分ここで挽回しなければならない。
不眠での登山なので、場合によっては横尾でキャンプをする予定だったけど、
お互いまだいけそうだったのでがんばる事にした。
あと3時間だけがんばれば涸沢に到着するのだ。

横尾からはつり橋を渡ってスタートする。
このつり橋も写真を撮る余裕が無いほど人で溢れている。

道は緩やかな登りでワイルド感が出てくる。
やっと冒険気分にさせてくれる道が出てきた。
ゴツゴツとした岩の道を歩く。ゴーっと言う沢の音が聞こえる。
日差しが強いがそれすらも気持ちがいい。足はぐいぐいと前に出る。
どうやら僕はレベルアップをしたようだ。

レベルアップした俺。
屏風岩
屏風岩。

そして左手にはドドンと屏風岩。まさに国内最大級。
強い日差しのせいでゆっくりと見上げてはいられないが、ものすごい大きさだ。
高さはそこまで感じられないけど、とにかく広い。ワイド。
視点を変えて屏風岩にへばりついている僕を想像する。
屏風岩にへばりついた僕は、汗をかきながら一生懸命歩いている僕を見下ろす。
とても気分が良いだろうな。いつか絶対登ってやろう。
屏風岩はそんな気分にさせてくれた。

ちょうど1時間くらい歩くと本谷橋に到着した。
開けた場所で沢山の人が休憩をしている。僕らもここで休憩をとることにした。
この暑さのせいかみんなぐったりとし始めている。
まだまだ余裕はあるだろうが、ヤハケンも口数が減ってきている。
「んふぅっ~」とか「あっは~」とか、何とも言えないため息が、
時々彼の腹の奥から漏れてくる。
ヤハケンの状態がわかりかねたが、
写真も撮っているし笑顔もでるのでまだまだいけるだろう。
まあつらいのはこれから先なのだ。ここから500m標高を上げなければならない。

本谷橋
こんなところに休憩場所発見。やったね!

本谷橋からは急な登り坂になった。今までの様な生ぬるい上り坂ではない。
じいさんばあさんはスピードを落とさざるをえない。
後についてゆっくりと登りたいけど、道を譲られるので行くしかない。
西へ西へと進んでゆく。
西日がきつい。

歩きにくい小さい岩の道を終え、もっと歩きにくい中サイズの岩の道を終え、
でかい岩の道が終わったらまた小さい岩の道に。
小学生の子供らがダッシュと休憩を繰り返し、
ふらふらの登山者の脇をぶつかりながら強引に追い抜く。
疲れているので、一本背負いで空へ投げ飛ばしてやろうかと思う。

沢沿いの道を登る。
ふと顔を上げると涸沢のカールらしきものが見えた。

涸沢へ

西へ西へ。
強い西日であたりは金色に輝いてみえる。
あの金色の光に吸い込まれる様にみんな進んでゆく。
なぜ山に登るのか。
そしてその先に何があるのだろう。

神秘的で美しく、暑い日差しは心地よく、
僕は溶ける様に歩みを進めた。

ふと振り返るとヤハケンは完全にうなだれている。
何を言っても完全にノーリアクション状態になっていた。
「あれが涸沢じゃん?」とか「超キレイ!」とか言っても
「おぉ~」とか「んあぁ~」とかリアクションが薄い。
たまに「ムフ~っ」とため息も混じる。

がんばれヤハケン。涸沢はすぐそこだ。

涸沢

涸沢から北穂高を望む

なんと言うテントの数だろうか。
この涸沢の広大なスペースにところ狭しとテントが並んでいる。
一体こんなところにみんな何をしにきたのだろうか。
不思議で不思議でしょうがない。

涸沢の紅葉は黄色が美しくもっと眺めていたかったけれど、
ゆっくり鑑賞してると体がどんどん固まってきてしまうので、
テントの設営場所をさっときめ、荷物を置き受付へと向かった。

いつもそうだけど、こんな時はさっぱり頭がまわらない。
どんなにがんばっても平成何年だかが浮かんでこないのだ。
前の人が書いた紙の筆跡を確認するも良くわからない。
さりげなく隣の人のをカンニングして事なきを得た。
2人で料金は1000円だ。

一服をし終わったらテント設営にとりかかった。
テントを張る前に入念に地面を整理したつもりだったけど、
恐ろしく地面がデコボコしている。これはかなわん。
今度涸沢に来るときはもう一枚マットを持ってくるか、
かたいマットを用意した方がいいだろう。

テントのグラウンドシートとマットの間に、手袋や脱いだタイツや服をつめ、
何とかデコボコを緩和することができた。
そして仮眠をした。

2時間ほど仮眠をして起きると、あたりは淡いブルーだった。
涸沢は穂高の山々の影に入り、その影は横尾辺りまで伸びていた。
ガソリンストーブのゴーっと言う音、
どこかのパーティが炒め物をするジューっとする音。
それぞれのテントで夕食の準備が始まり賑やかだ。
僕達も夕食の準備にとりかかった。

今回も前回同様、ヤハケンが食事を用意してくれた。
忙しい中さかいやで購入してくれたドライフードだ。
メニューはおこわと道場六三郎プロデュースの味噌汁。
そしてお湯で温めて作る肉じゃが。
仮眠をとったせいかヤハケンはすこぶる元気だ。
「ぽにょ」を歌いながらちゃっちゃかと食事を用意してくれた。

うまい。
肉じゃがもおこわも味噌汁も何もかもがうまい。
とにかくうまいと言う言葉しかでてこない。
そしてうまいうまいと言いながらあっと言う間に食事は終了した。
こんなに飯がうまいのは山くらいではないだろうか。

食事を終えるとあたりはもう真っ暗だった。
僕達は水を得るために涸沢ヒュッテへと向かった。

闇の中に煌々と輝く、涸沢ヒュッテの盛況ぶりはすごかった。
水汲みで並ぶ人、トイレを待つ人、
売店の周りでは食べ物や飲み物を求める人で溢れていた。
まるで祭りの屋台のようだ。
テラスでは皆が暖かい格好をしながら食事を囲んでいる。
立ち上る湯気が何とも言えない。
山の夜もこんなところがあれば寂しくないのだ。

テントの夜景

そしてテラスからの眺めはとても素晴らしかった。
100万ドルのテントの夜景。
真っ暗闇に数え切れないほどのテントが宝石の様に輝いている。
この光景をどこかで見た事があるのだが、どこだろうか。わからない。
深海の深い深いところの、とても小さな発光する生物をのぞいているようだ。
僕らのものすごい苦労も、宇宙から見てしまえばとても小さな小さな事なのだろう。

それでも、ここに来て良かった。
こんなに素敵な景色はここに来ないと見ることが出来ないだろう。

テントに戻ってから少しのあいだ星を見て、撮影して、
あっさりとシュラフに入って眠りについた。
最近購入したイスカのエア450はすこぶる暖かい。
半袖でも朝まで暖かく眠ることができた。

炎上する涸沢小屋。
ヤハケン作、炎上する涸沢小屋。

9月21日(月) 北穂高岳へ

涸沢の夜明け

目を覚ますと真っ暗だった。
時計を見ると4時。寝ても起きても暗いので寝たのかどうかがわからない。
口の中が変な甘い味でべとつく。
ヤハケンにもらったアミノサンだか何だかのせいか。
それにしてもシュラフの中はこんなにも居心地は良いものか。
もっと寝ていたい衝動に打ち勝ち、シュラフのジッパーを下ろし、外に飛び出た。
そして寒すぎてすぐにテントに戻った。ガタガタと震えるほど寒い。

タイツ、アンダーシャツ、フリース、インナーダウン、
アウターそしてネックウォーマーとグローブ。
僕の持っている全ての服を着込み再び外にでた。これなら大丈夫だ。
まだまだ寝ている人もたくさんいるが、
のんびりの僕達には早い時間からの行動が良いだろう。

一服をしながら夜明けの涸沢を眺める。
こんなに薄暗いと言うのに、涸沢の紅葉の黄色がとても深い。
その黄色だけがまわりから飛び出しているので、
明るいうちに見た時よりよっぽど素敵だった。
ヤハケンも元気だ。「ぽにょ」を歌いながら朝食の準備をしてくれている。
これなら今日の北穂高、そして涸沢岳も問題がないだろう。

朝食はウナギの雑炊だった。
こんな寒い朝でもお湯を注ぐだけのフリーズドライは簡単で嬉しい。
美味しかったのか、そこそこだったのか、
勢い良く腹にかきこみすぎて記憶が曖昧だ。

テントを片付け荷物を整理し、涸沢ヒュッテで水を給水し、
ストレッチをしたらいざ出発。

ハンターケンイチ氏
気合を入れるハンターヤハケン。

目指すは北穂高岳山頂、標高3106m。
涸沢は約2300mなので800mほど登ることとなる。
予定では3時間で到着するはずだ。

日が昇りきると同時に行列を作っていた、北穂高岳への登山道を進む。
ここからは平地はない、ひたすら登り続けるだけだ。
日差しが強い。 数分もしないうちにフリースを脱いだ。
そして昨日日焼けした顔が痛い。
今日も快晴だ。雲一つない。

登り始めはガレた道が続いた。
落石を起こさない様慎重に歩かなければいけないので緊張してしまう。
途中「らーくっ!らーくっ!」の声と共に直径20cmほどの岩が、
ゴロンゴロンと大きな音を立てて登山道を転がり落ちて行った。
これだけは絶対阻止しなければならない。
他人に迷惑をかけるのはかなりきつい。
そして真後ろにはヤハケン。
彼が怪我をしたら、ここに連れてきた僕は非難ゴーゴーだろう。
僕が彼の家族や知り合いに謝る姿を想像しただけでもぞっとしてしまう。
気をつけなければならない。

キタホを登る
キタホの登り始めはこんな感じ。黄色が素敵。

標高が上がるにつれて人の密度は濃くなり、自然渋滞になりつつある。
そのせいで度々立ち止まらなければならない。

ここで僕は思う。意外に僕らのスピードは速い。
もちろん僕らは若手なので早くて当たり前だが、
最初の登山に比べたら確実にレベルがアップしている。
一番最初の雲取山なんて人を抜くことはまずなかった。
それがこうも気持ち良く足が進み、息が切れる事もない。
絶好調だ。ヤハケンも。

きつい登りではペースの配分が難しい。
こんな時は誰かのケツについてしまうのが楽だった。
僕はデイパックを背負ったじいさんとねえちゃんのコンビにターゲットを絞った。

彼らのスピードはかなり速いがついていけない事はない。
ぐいぐいと道を切り開いてコースを作ってくれるので、
彼らの後をがんばってついて行くだけでいい。

先頭を行くじいさんがねえちゃんに出すアドバイスは、
僕らへのアドバイスと同じことだ。
クサリもはしごも、先頭を行くじいさんが下りの人を止めてくれる。
その間に僕らもちゃっかりと隙間を空けずに上る。
あたかも4人グループかの様にずんずんと標高を稼いで行った。
気づけばさらに後ろに2人つき、6人グループの様になっていた。

上杉謙信か
戦況を見守る大将ヤハケン。

グループから離脱し程よく広い場所で休憩をとった。
さっきまでいた涸沢はミニチュアのようになっている。
見上げていた山は見下ろせる様になった。
山頂はすぐそこなのだ。

そこからしばらく登り、
涸沢岳への分岐を過ぎ、
またちょっとだけ登ったら、
そこは北穂高岳の山頂だった。
休憩したあとだたったので非常にあっけなく感じた。

北穂高岳山頂。3106m。
しかし2人に笑顔はない。ここには人が多すぎる。

槍ヶ岳とケンイチ氏
山頂ではきゃっきゃしないヤハケン。

ざわざわと人が動き続けるなか、
視界のど真ん中に一つだけ鎮座し動かないものが目に映った。
槍ヶ岳だ。
見事な槍がびよんと空をつついている。
槍ヶ岳はいつも僕を呼んでいる。
今回も僕はそこに辿り着けなった。
次は登ってやるぞ、とにらみをきかした。

頂上を早々と切り上げ、日本一高い山小屋、北穂高小屋へと向かった。
ここには何と言っても「空中カフェ」なるものがあるのだ。
雑誌で見て、それが楽しみで北穂高岳に登ったと言っても嘘ではない。

しかしここも人でギュウギュウだった。
そして写真の力は恐ろしい。写真は素敵すぎる。

缶コーヒーも売り切れており、
母親へのプレゼントに最適な携帯ストラップ的なものも売っておらず、
人も多く騒がしく、
なんだかなー、と言う感じでテラスでタバコをふかした。

ヤハケンの口数もかなり少ない。
疲れたのか、あまり感動しなかったのか、人が多くてうっとうしいのか、
穂高岳山荘への道のりに緊張しているのか。
そのどれかか、それらの総合か。
完全に街の喫煙所でタバコを吸うおっさんの様な顔つきだ。

一服するケンイチ氏
一服するヤハケン。彼は何を思う。

まあこんな時は行くしかない。
とにかく今日のメインイベントはここからなのだ。
ここから涸沢岳を越えて穂高岳山荘へ、
我々は地図上の危険地帯を越えて行かなければならないのだ。
午前10時半、穂高岳山荘に向け出発。

北穂高岳~涸沢岳~穂高岳山荘

稜線から西は一面山だらけだ。
山を見ていると言うよりは地球のしわを見ているような、
とんがったりへこんだり、茶色の地球上のでこぼこを見ているような、
予想よりかなりシンプルな景色だ。
神秘的でも幻想的でもない、
ただグーグルアースで地上をクローズアップしたような、
そんなすごくリアリティのある景色だった。
そんな中に僕がぽつんと立っている。それが確認できただけだった。

涸沢岳の分岐まで戻り、進路を南へとった。
ここから道の様子が一気に変わった。
大きく登ったり降りたり、ここからは手が活躍をし始める。
高度感がかなりあるので山側の手は常に岩に添えておきたいところだ。

普通に歩ける場所なんてなくなった。
体をぐいっと持ち上げたり、尻を擦りながら降りたり、
ここからは階段の様な道はない。
そしてかなり楽しい。
アドレナリンが沸きまくっている。
集中力はマックス。
伸びたり縮んだり体の動きが自由自在だ。
普通の登山道よりよっぽど楽しい。
他に誰もいない時、僕一人だけでこの岩にはりつけたら最高だろうな、
聴こえるのは風の音と僕の呼吸だけだ、
なんて事を考えていたらヤハケンの姿は見えなくなっていた。

どうやらヤハケンは高い所が苦手なようだ。
慎重に慎重に一歩ずつ進んでいるようだ。
首からぶら下げたデジタル一眼レフが相当邪魔そうだった。

今後ヤハケンとこの道をどのように進むかを考えた結果、
僕は一人先を行く事にした。
そして待つに適した場所を見つけたらそこで合流しようと言う計画にした。
まずヤハケンのスピードは遅いものの、慎重に安全に進んでいると言える。
言わばマイペースで確実に進んでいる様に見えた。
なのですぐそばで僕がつきっきりでいるよりは、
彼一人の方がプレッシャーも少ないと考えた。
ゆっくりと自分のペースで、確実に進み続ければ良いと思った。
ヤハケンの慎重な進み方であればまず落ちることはないだろう。

そして僕自身も自分のペースで進まないと危険だ。
ゆっくりすぎると逆に、一瞬の集中力の切れ間が怖い。
一定のリズムでトントントンと進んだ方が安全だと思った。

僕がこう考えている間、ヤハケンはこんな事を考えていた。。。

…いろいろな方の顔やら浮かんできました。
その人達のために死ねない!!と。
だから!!!慎重なのです。一歩、一歩進むたびに
「生きてるね!!!」と一生懸命だったのです。

それにしても事前にボルダリングジムに行っておいて良かった。
よりよい足場を選んで安定して進むことができる。
まず確実に足を決めてしまえば、この角度なら手は添えるだけの存在になる。
クライミングシューズを履いていたらもっと軽快で楽しかっただろう。

手を離したら確実に落ちそうな、
頂点がとんがった渡り廊下の様な場所を越えると人の群れにあたった。
渋滞の始まりだった。

渋滞待ちのケンイチ氏
渋滞中テンションがた落ちのヤハケン。

まあ少しの間だろう。なんてたかをくくっていたら、
結局30分くらい立ち往生してしまった。
クサリ場の一方通行の道を、登りの人間にゆずっているのだ。
前にも後ろにも人はずっと続いている。

眺めはいいのだが水は減り続け、
穂高岳山荘で食べる予定の昼食もかなり遅くなるだろう。
完全に誤算だった。
沢渡の駐車場の混み具合も、上高地から北穂高岳までの渋滞も
ここにくれば緩和されると思っていたが全くそんなことはなかった。
同じ様にこの3000m付近でも渋滞している。
甘かった。経験の足りなさが出てしまった。
水はもつのであろうか。

渋滞が動き出し、渋滞の原因のクサリを下った。
そしてしばらく岸壁を進み、稜線の東側に広いスペースを見つけそこで休憩をとった。
ここが渋滞にはまった人達のランチスペースになった。
もう山小屋での食事は諦めて何か作って食べようか、と思ったけれど
調理用にまわせる水なんてものはない。
これからまたどれくらい渋滞するかわからない。
水はとっておかなければならなかった。

カラカラの喉にカロリーメイトを無理やり通した。
フリーズしかけてるヤハケンにも食事を取るよう促した。
ぼーっとタバコをふかすヤハケンはまるで徹夜明けのサラリーマンのようだ。
ハキとキレが全くない。
ヤハケン、すまん。僕はここに彼を連れてきた事を少し後悔していた。
僕が思っている以上にヤハケンの疲労は激しいのだろう。
日々の仕事も忙しかったろうに。
だがここまできたら無事に生きて帰ろう。
あとでこの恐怖を思い出話しにしてしまおう。

休憩後も同じ様に途中途中止まっては進んだ。
全ての登山者はもはや一つのグループとなり、ゆっくりとみんなで進んでいく。

空を自由に飛びたいな。
今一番欲しいものはタケコプター。
岩に長時間しがみ続けていると開放されたくなる。
穂高岳山荘までびゅーんと飛んで行きたい。
登山よりよっぽど楽しいだろう。

最低コルと言う場所についたとき、
西側斜面から白い煙がブワーっと登ってきた。
ガスだ。
残念だ。涸沢岳の頂上に辿りついても眺望は望めないだろう。
そして明日の天気も良くないであろう。
この渋滞で雨が降ったらどうしようか、水もないし。
なんて事を僕が考えているとき、
ヤハケンはガスのおかげで高度感がなくなり恐怖が減ったらしい。
下が見えなくなることで岩に集中できるのだそうだ。
それはいいことだ。
このまま完全にガスってしまえば良い。

ガスで右も左もわからないまま、
ただ人の後についてほぼ直登の壁を攀じ登る。
空気はひんやりとして、自分の息遣いが良く聞こえる。
冷たい岩とクサリを掴む手がかじかむ。
10m上の方から女性の叫び声が聞こえる。
数本の光の筋が頭上に見える。
先を行くヤハケンの「やったー!」と言う声が響く。

最後の高い壁をよいしょと登った時、西側の青空が広がった。
とうとう涸沢岳の頂上にたどり着いたのだ。

ヤハケンや他のみんなは今どんな思いだろうか。
僕はこの岩壁から離れられる事が何よりも嬉しいと思った。
北穂高岳を出発してから約4時間ほど岩に張り付いていた事になる。
さすがに長い。

山頂の一番高いところではおばちゃん達がきゃっきゃしている。
東側を見ながら手を振りきゃっきゃしているのだ。
ガスで何も見えないはずなのに。マツケンでもいるのだろうか。

それはどうやらブロッケン現象とやらだった。
聞いた事があるようなないような。
とにかくそれは珍しい現象のようで、
人々のテンションの高さは先ほどまでとはうって変わってちがう。
優しいお兄さんに案内されブロッケンが見れるベストポジションに行くと、
おお、何と不思議な。ガスに僕の影が映っているではないか。
そしてその僕影の周りには日輪が。
まるで如来か菩薩かありがたい何かのようである。
とにかく希少な現象を見れたようだ。
これまで快晴も続いていたし、どうやら僕らは相当ラッキーなようだ。

おばちゃんたちの、「嬉しいわね~」「良かったわね~」と言う声をあとにして
涸沢岳を下り始めた。
そして14:35分、今日の宿泊地の穂高岳山荘に到着した。

夜、寝る前のヤハケンがつぶやいた
「生きてよかった」
と言うフレーズが印象的だった。

ガスと穂高岳山荘
「生きてよかった・・・」

9月22日(火) 下山

帰り道

朝4時半に目を覚ました。
テントのベンチレーターからこっそりと外をうかがうと完全に白の世界だった。

連日の日焼けのせいで顔がパンパンだ。
そして最高に気分が悪い。
昨晩隣りのテントがうるさかった。
モンベルの3~4人用くらいのでかいテントを張った若いカップルだった。
音楽を聴き、明かりをつけ、そして話し声が完全に筒抜けていた。
確かに9時くらいまでにはねましょーね、
と言う暗黙のルールの様なものはあると思うが、
周りのテントは完全に静まり返っているのだ。
ちょっとは空気を読んで欲しいもんだ、と思った。
9時までに静かにならなかったら文句を言うか、
テントのすぐ横で念仏でも唱えてやろうと思ったが、9時になると静かになった。
途中歯磨きをしに外に出たようだが、外では小声になった。
そしてテントに戻ると普通の声の大きさに戻った。
そんなにテントの壁は厚くないんだ。

と言う事で朝から僕は不機嫌だ。
雨もぱらついてきている。
そして決断をしなければならない。
予定通り奥穂高岳と前穂高岳に登るか、下山するか。

まあ下山が無難か。
こんな天気だし頂上へ行っても何も見えんだろうし、
岩も滑って危なかろう。
僕も不機嫌だし。
ちゃっちゃと帰ることにしよう。

僕の不機嫌を察してかどうか、ヤハケンが僕をもちあげてくれた。
おかげでテントを畳み終わった頃にはすっかりご機嫌になった。
水を購入し、昨日お世話になった住人に挨拶をし、
山を下り始めた。
ありがとうヤハケン。

予想通りザイテングラートはすぐに渋滞した。
僕らが奥穂高へ登るのを諦めたように、みんな諦めたのかも知れない。

カッパを打つ雨音と真っ白な空、
その隙間から見える岩、岩、岩。岩畑とでも言おうか。
朝からなかなか風流なのである。
ヤハケンも元気だ。

ザイテングラートの渋滞は一時間経った頃に終わった。
パノラマコースの分岐を左にとり涸沢小屋方面へ。
カッパの中が蒸れて暑い。
滑らない様注意しながら、岩と戯れながら下っていった。

涸沢小屋で一服し、
母親のプレゼントにキーホルダーの様ななんとも言えないものを買った。
ここで顔見知りの年配4人組みと出会う。
涸沢岳の渋滞の時隣りにいた人たちだ。
一緒に下らないかと誘ってくれた。
もちろんだ、こんな日は普通に下山したんじゃつまらない。
しかも多人数なんて初めてだ。
ぜひお供をさせて欲しい。

僕らは6人組みとなった。
6人でザッザッザッザッと言いながら軽快に道を下ってゆく。
ゲームのパーティのような、軍隊のような、
そんな感じが実に楽しい。
ふと後ろを振り向くと二十人くらいの長蛇の列。
ペースが調度よいのだろうか。
みんなでザッザッザッザッと音を響かせながら下り続けた。

おばちゃん達とは10分に一回くらい話しながら歩いた。
僕らの登った山の話しなど、そんな感じだ。
しかしそれにしてもすごく良いペースだ。
気を抜いたら置いていかれそうな、調度良いペースなのだ。
僕の前を行くおばちゃんの足置き場選びのセンスは抜群。
後ろから歩いているだけでかなり勉強になった。

横尾について昼休憩をとった。
僕らは山小屋でラーメンを、
他の人たちは山小屋で用意してもらった弁当を食べた。
ラーメンはうまいし、店員もさわやかで気持ちがいい。

食後におばちゃん達にキノコ汁をご馳走になった。
このキノコは彼らが下山しながら採ったもの。
アシナガと呼ばれているキノコで、
コリコリした触感と香りがとてもよく美味しかった。
そしてお土産に残りの袋いっぱいのキノコを僕らにくれた。
本当にありがたい。ありがとう。

横尾で彼らに別れを告げ、雨具を脱ぎ、
僕らは本格的に上高地を目指し歩きだした。
奥穂高と前穂高に登らなかった分、体力は充分にあまっている。
2、30人は追い抜いただろうか。
こうなったら早くゴールがしたくてたまらないのである。

歩きながら思った。

僕はやれたと。
予定は変わってしまったが、
北アルプス2泊3日の登山をする事ができた。
あとは、タイミングさえあえば上から下へきれいに縦走することができる。
できるぞ、と思った。

そして課題もできた。
三日目には筋肉痛、そして足の裏が痛み出した。
これじゃあ三泊以上はきつくなる。何とかしなければならない。
途中で水がきれかけたのもよくないし、
考えれば渋滞は予測できたはずだ。
ここでは今まで以上にもしもの事を考えなければならない。

日焼け対策も、
用意するペットボトルのサイズも、
レインウェアの洗濯も、
とにかく課題がいっぱい出来た事が嬉しい。
これでまたレベルアップすることができる。

ヤハケンも今回でかなりレベルアップしたことだろう。
これからの登山がますます楽しみなのである。

新村橋を過ぎ、
徳沢を過ぎ、
明神館を過ぎ、
小梨平キャンプ場を過ぎ、
カッパ橋を過ぎ、
そしてとうとう上高地のバスターミナルへと到着した。
15時ジャストだ。

ヤハケン、お疲れ様!

上高地の行列
バス車内から見る上高地バスターミナルのバス待ちの様子。後ろにもずっと続いている。