初心者のための登山とキャンプ入門

聖岳登山 赤石岳から聖岳に登り聖岳登山口へ下山。そして大井川鉄道に。南アルプス縦走④

小聖岳から望む聖岳

2012年、9月15日から5泊6日で、南アルプスは塩見岳から聖岳まで縦走しました。縦走5日目は赤石岳避難小屋から聖平避難小屋へ進みましたが、天気予報ははずれ一日雨の中の登山となりました。ずぶ濡れで寒くまた誰とも会わない寂しい登山でしたが、聖平避難小屋のスタッフやオーナーに温かくもてなされ幸せを感じた1日でした。翌日は晴れたので小聖岳まで登り、その後は聖岳登山口まで下山。井川観光協会の無料送迎バス、井川地区自主運行バスと乗り継ぎ、そして大井川鐵道のレトロな電車に揺られて帰りました。

石井スポーツ テント・寝袋の選び方

聖岳登山の情報

聖岳登山の地図
赤色の線が縦走5日目の赤石岳から聖岳のルートです。青色は翌日、グリーンは前々日のルート(赤石岳避難小屋で1日停滞)です。なお黄色の線は井川観光協会の無料送迎バスのルートになります。
  • 所在地:静岡県静岡市葵区、長野県飯田市
  • 山域:南アルプス
  • 標高:3013m
  • 百名山No:85

聖岳登山の概要

標高差や距離はカシミール3Dというアプリケーションを使って計算しています。また記載している数字はおおよそのものです。

日付 2012年9月19日(水)、20日(木)
登山コース 19日:赤石岳避難小屋 - 百間洞山の家 - 兎岳 - 聖岳 - 聖平小屋
20日:聖平小屋 - 小聖岳 - 聖平小屋 - 聖岳登山口
距離・累積標高 19日:12km (+ 1120m、 -1950m)
20日:11km (+ 716m、 - 1840m)
宿泊場所 聖平小屋

19日 赤石岳避難小屋 → 聖平小屋の参考タイム(山と高原地図より)

赤石岳避難小屋 0:00
百間平 1:30
百間洞山の家 2:15
兎岳 5:30
聖岳 7:40
小聖岳 8:30
聖平小屋 9:30

20日 聖平小屋 ⇔ 小聖岳 → 聖沢登山口の参考タイム

聖平小屋 0:00
小聖岳 1:30
聖平小屋 2:30
岩頭滝見台 3:50
聖沢吊橋 6:00
聖岳登山口 7:15

聖岳登山口 → 静岡駅 / 料金3660円

聖岳登山口からはバスと電車を乗り継ぎ静岡駅まで行きました。下記の時間は上記の参考タイムとは違い、実際の時刻で表記しています。

聖岳登山口発 13:10 井川観光協会登山者送迎バス
白樺荘着 14:10  
白樺荘発 14:23 井川地区自主運行バス
井川駅着 15:25  
井川駅発 15:57 大井川鉄道井川線
千頭駅着 17:45  
千頭駅発 18:01 大井川鉄道本線
金谷駅着 19:12  
静岡駅発 19:30 JR東海道本線
静岡駅着 20:01  

山小屋料金(宿泊費、食事、水、トイレなど)

百間洞山の家

百間洞山の家
  • 営業期間:7/16 ~ 9/17
  • 宿泊料金:1泊2食寝具つき8000円 / 素泊まり寝具込5000円
  • テント場代:一人600円
  • 食事:夕食2000円、朝食1000円、昼食提供可、お弁当1000円
  • 水場有り
  • トイレ有

聖平小屋

聖平小屋の売店メニュー
  • 営業期間:7/16 ~ 9/23(営業期間外は冬期避難小屋が無料開放)
  • 宿泊料金:1泊2食8000円、素泊まり5000円(寝具なし4000円)
  • 食事:夕食2000円、朝食1000円、お弁当500円、軽食有り
  • 水場・トイレ有

聖岳登山の参考地図・資料

山と高原地図 塩見・赤石・聖岳 2016
日本百名山登山ガイド・下

聖岳、静岡市、飯田市のお天気

リンク

聖岳登山日記 -南アルプス縦走④-

赤石岳避難小屋に別れを告げ聖岳へ。

赤石岳避難小屋にて。

4時に携帯の目覚まし時計がジリリリとなった。うるさいので止めて二度寝。すると今度は4時30分に「ピヨピヨ」と小鳥の鳴き声で目覚まし時計が鳴った。うーん、諦めて起きよう。

昨晩の雨と風はひどかった。夜中にトイレに行こうと外に出たんだけど、ダッシュでトイレまで走ってもビショビショになってしまった。その後は昼寝をし過ぎたせいかうまく眠れず、しかも咳まで出る始末。風邪は悪化したのだろうか。

そして朝になっても外は相変わらず雨のようだ。雨が屋根に当たるパラパラと言う音が聞こえる。

荷物をまとめて階下に下りると、エノキダさんとチエコさんはすでに起きていた。ストーブには火が灯って暖かい。テレビではタイミング良く天気予報が始まり、どうやら今日は午後から晴れる様子。昨夜と同じ内容の天気予報。よし、うまく行けば聖岳の山頂で晴れるかも知れない。

荷物をまとめると乾いたカッパを着、登山靴を履き、朝食にパンを食べた。そして椅子に座って体に気を充実させると表に出た。エノキダさんとチエコさんは僕を見送ってくれた。
最後にもう一度チエコさんのハーモニカが聴きたいなあ、なんて思っていたけど、もちろんこんな早朝にハーモニカを演奏してくれとは言えない。また来ればいいんだ、とその気持を抑えこみ、2人に挨拶すると赤石岳避難小屋を発った。
エノキダさんとチエコさん、大変お世話になりました。また暖かい季節になったら遊びに来ますね。

5時。風は弱いけれど、雨の量は多い。寒い。
ほとんど2日間赤石岳避難小屋で過ごしてしまった様なものだから、久しぶりに登山をするような感覚。新鮮と言えば新鮮だけれど、面倒と言えば面倒。赤石岳避難小屋から飛行機に乗ってピューッと帰りたい様な気分だ。まあ午後から晴れると言うから、それまでの辛抱だ。

まだかなり薄暗い中だったし、ガスも濃くて自分がどんな所を歩いているのか良くわからなかった。というか、思い出そうと思ってもぼんやりとしか思い出せない。岩がゴロゴロとした斜面をトラバースしたり、晴れていたら眺めの良さそうな細い尾根を歩いた。山と高原地図には「大斜面のトラバース」、「気持ちのよい岩尾根歩き」とかなんとか書いてあるから、多分そんなところを歩いていたんだと思う。

赤石岳山頂付近 大斜面のトラバースの様子
多分、「大斜面のトラバース」という所。

6時10分には「百間平」に到着した。百間平はサッカー場がポンと入りそうなくらい、広々とした空間。ナナカマドの紅葉が綺麗だったし、もし晴れていたとしたらそれはそれは気分の良い事だろう。エノキダさんに教わった「山での彼女の作り方」を実践したくなってしまうような場所だ。もちろん、今までも、そして下山まで、ソロで登山をしている女子に会うことはないだろう。そんな事をぼーっと考えながらタバコを吸って休憩した。うーん、寒い。

百間平の様子
百間平

7時前には沢の方に下り「百間洞山の家」に到着した。営業期間が終了した百間洞山の家では発電機が動いていたので中には人がいたのかも知れない。けど中に入るのも面倒だったので水を補給するだけに留め、ひさしの下で雨をしのぎながら行動食をポリポリと食べた。

靴への浸水がひどくなってきたようだ。カッパの下も少し濡れている気がする。空には相変わらず重たそうな雲が張り付いて晴れそうにない。まあまだ7時だからしょうがない。もうちょっとの我慢。

百間洞山の家
百間洞山の家

百間洞山の家から尾根に登り返す道は急登だった。細い道だったし、樹林帯なもんでクマが怖い。今クマが出てきたら諦めちゃうだろうなあ。いつもは蹴りを入れる準備とかできてるんだけど、今日はクマと戦う元気がない。寒くて体もキレてないから諦めてやられちゃうだろうなあ。

尾根に登り返し、大沢岳と兎岳の分岐から少し登ると「中盛丸山」の山頂に到着した。8時10分。
相変わらず雨がひどい。一昨日は雨よりも風って言う印象だったけど、今日は完全に雨。風は稜線以外は弱いけど、雨は休むことなく振り続けてる。
ケータイで写真を撮りつづけてはいるけど、雨がひどすぎてこの作戦もそろそろ潮時かも知れない。ジップロックの中に携帯と速乾性のタオルを入れていたわけだけど、もう既にタオルは随分と水を吸ってしまい、ジップロックの中を乾かす事ができなそうだ。
そんな感じで今日はずっと雨が降っている。

それにしてもいいね、この「中盛丸山」っていう名前。登ってみると、確かに名前の通りだなって思う。

聖岳と聖平小屋。僕の想像していた未来。パラグライダー。

中盛丸山から少し下りてまた登ると「小兎岳」に到着。木の杭が刺さっているだけの寂しい山頂だった。9時。そしてそこから少し下ると水場への分岐があって、それが終われば兎岳への急登が始まった。

「兎岳」。かわいい名前の割りにはけっこう厳しい急登で困った。何が困ったって、疲れたからゆっくり登りたいんだけど、寒いのである程度のペースは維持しなければならない。どうやら色んなものが濡れてしまったようだった。カッパの下の服も冷たいしズボンも冷たい。もちろん靴の中もビショビショだ。

ゴアテックス。昔のカッパに比べたら遥かに優れてるって言う話なんだけど、こんなにも濡れてしまうとなんだかなあと思う。100年生まれるのが早かったか。登山靴もそう。靴紐を締めたり緩めたりを繰り返す事もあるけど、こんなんセンサーで感知して勝手に調節してもらいたいもんだ。
だいたい、僕が子供の頃に想像した未来はもっと素敵なもんだった。空も海も自由に行き来できる様になると思っていたけど、あまり20年前と変わった印象はない。未だにパソコンまわりにはたくさんの数のケーブルがあってそれがコンセントに刺さりまくってるし、それにテレビもDVDもパソコンも冷蔵庫も電子レンジも、別個に動いているなんて信じられない。一つの端末で一つのシステムを使って全てをコントロールできると思っていたけど、まだまだそれは当分先の様だ。やっぱり生まれるのが100年早かったかな。残念。何て事をぶつぶつと考えながら登った。まあ言うのは自由だ。

寒いと言えば道端の雷鳥ファミリーにも困った。道を譲ってくれればいいんだけど、歩きやすいせいか、彼らは登山道を登って逃げていく。なのでどうしても僕が追ってしまう形になる。あんまりプレッシャーも与えたくないからゆっくりと進むんだけど、そうするとそのうち体が冷えてくる。どこかに行くのを待っていると動かないし。そんな場面が2回ほどあった。寒い。

そんなこんなで兎岳の山頂に到着。9時35分。兎岳で晴れていたらなあという希望があったけれど、残念ながら天気は相変わらず。僕が望む様には行かないようだ。風も吹いて寒いのですぐ下の兎岳避難小屋まで下りて休憩しよう。

兎岳から岩の急登を降りればすぐに「兎岳避難小屋」はあったんだけれど、登山道から片道1分くらい離れていたので行くのをやめた。面倒だし、すごく薄暗い雰囲気だから行きたくない。怖くて今以上にぶるぶると震えてしまうかも知れない。そう言う理由で、外で冷たい体に風を浴びながらパンを食べて休憩した。がんばってタバコも吸った。早く晴れろー。

休憩が終わるとあまりにも寒かったもんだから、そこからはダッシュで進んだ。なんだか小山がぼこぼことした面白い地形を歩いた気もするんだけど、あまり覚えていない。その後は岩場の細い尾根歩きがしばらく続いたと思う。尖った岩壁がのこぎりの刃の様にぼこぼことしていてるところで、それを巻いて進むからアップダウンがしんどかった。晴れていたから高度感なんかある所かもしれない。
そう言えば赤石岳避難小屋のエノキダさんが「赤石岳から聖岳まで行ききれなくて今年はヘリが4回飛んだ…」という様な話しをしていたのをふと思い出した。確かにちょっと疲れてきたな。そんな風に思わせた岩場だった。

それが終わると「兎岳のコル」。地図に「赤色チャート盤岩露出地」とあるが、その通りここいらの岩は赤かった。
このコルから聖岳までは本日最後の登りだけれど、ここからの記憶はさらに曖昧。両手を使うようないくらか急な岩場を登って、その後ものすごく巨大な壁をぐるーっと巻いた様な気がする。そのあとは、時計についた高度計を見ながら、標高が3000mになるのを楽しみに登っていたと思う。聖岳山頂付近の記憶がほとんどないから、疲れて頭がぼけていたのかも知れない。

考えたことは、やっぱり空が飛びたいという事。山に登れば登るほど空を飛びたいという思いが強くなる。谷間をピューッと飛んでいくモノトーンの「ホシガラス」達を見ているとついつい羨ましくなる。あんな簡単にスッと飛べたら、どんなに気持ちがいいんだろうか。

そう、インターネットで簡単に調べてみただけなんだけど、パラグライダーの装備一式を揃えるのに何十万とかかるようだ。それに自由に山から飛んで良い代物でも無いと書いてあった。どうなんだろ。救助ヘリとかの邪魔になることは間違いないし、樹林帯に着陸して遭難でもしたら面倒くさそうだ。まあ飛んじゃったらいいんじゃないだろうか。例えば穂高から飛んで上高地に着陸なんてできるのだろうか。梓川だったら徳沢の辺りが広かった記憶があるし、着地には十分広そうなスペースもあるけども。空を飛んで下山できるのなら20キロくらい増えても頑張るなあ。まあ何もわからないから、今度試しに体験で飛んで来よう。

11時30分。聖岳の山頂に到着。雲、雨、風、ガス、寒い。天気は朝から全く変わっていない。聖岳で晴れるかもと希望を持って赤石岳を出発したけれど、その願いもどうやら叶わなかったようだ。天気予報では12時頃から晴れマークがついていたけど、僕の到着が少し早かったのだろうか。もう少しここで待てば晴れるのだろうか。ずっと晴れを我慢して、そして期待をしていただけにガックシきた。

聖岳の山頂
聖岳の山頂

とりあえずブルブルとタバコを吸いながら待機してみたけれど、どう考えても空が晴れる様子はなかった。僕はどんな風に空が晴れていくのかを見たかった。晴れと雨の境界線が見れるのだろうか、なんて。しかし依然として雲が動く様子はない。それよりも生命の危機を感じた。寒すぎる。僕はもう行かなければならないようだ。さようなら聖岳。

そこから僕は一心不乱に道を下った。聖岳の急斜面を駆け下り、小聖岳の標柱に見向きもせず過ぎ去り、森林限界が終わって樹林帯に入っても黙々と下った。聖平小屋に近づくと花も所々に咲いていたけど、僕の目に止まることはなかった。僕が花や植物がもっと好きだったのなら、こんな天気でも少しは楽しめたのかも知れない。
そして登山道がきれいに整備され始めると、僕は聖平に到着した。倒木ばかりで木の生えていない広々とした場所だった。そこには光岳方面への分岐があった。湿原にあるような長い木道も沢の方に伸びていた。その木道を音を立てながらしばらく歩くと森に入る。そして道なりに歩くと「聖平小屋」は静かに森の中から現れた。
づい゛だー!!!

聖平小屋の歓迎ともてなし、衛星電話。

聖平小屋に辿り着いたけれど、僕はいつもの様にすぐには入らず、まずは身だしなみを整えた。カッパのポケットからビショビショの帽子を取り出して絞って被り、前髪を整え、顔も軽くマッサージ。悲惨な登山をしてきました、疲れてボロボロです、と思われない様に。そして一服。灰皿と屋根付きのベンチがあるのがありがたい。

タバコも吸い終わり、恐る恐るドアを開けて中に入る。すると人の声が隣の部屋から聞こえた。こんにちはー、と蚊の鳴く様な声では聞こえなかった様で、もう一度大きな声を出した。すると隣の部屋(食堂)からバンダナをしたおばちゃんが出てきた。「まあいらっしゃい、大変だったでしょう。コーヒーでも飲んで体を温めて下さいね。」とすぶ濡れの僕の姿を見て驚き、そして笑顔でねぎらいの言葉をかけてくれた。そんなやり取りをしていると、若い男性のスタッフやおねえちゃんもやってきた。そしてみな「いらっしゃい、大変だったでしょう。」と行ってくれたし、自分が客として歓迎されているのがわかった。すごく嬉しかった。こんな雨の日にずぶ濡れで、しかも一人の客なんて歓迎はされないだろうと思っていたけど、みな笑顔で僕を迎えてくれた。さんざん雨に打たれ、しかも赤石岳から聖平小屋まで誰一人と会っていなかったから、スタッフの方々のもてなしが身にしみた。

濡れた服は冬期小屋に干した。聖平小屋の冬期小屋は本館のすぐ隣にある。けっこう大きくて収容人数も多そうだ。ロープも張ってあるし、ハンガーも沢山あったので使わせてもらった。
カッパや服を脱ぎながら驚いたんだけど、着ていた全部の服が濡れている。スボンはまあ濡れているかなあと考えていたけど、パンツまでびしょ濡れだった事には驚いた。どれも絞るとたくさんの水が出た。
困ったのはパンツだった。雨が降ってもまさかパンツまでは濡れまい、と予備のパンツを持って来なかった。まあ化繊のパンツだから履いていればそのうちに乾くと思うけど、どうしても濡れたものを履くのが嫌だった。なのでノーパンで過ごす事を決意した。ちなみに予備のズボンはハーフパンツだから寒い。チャックが開かない事を祈る。

ザックの中もかなり濡れていた。どんなにタイトにザックカバーをつけていたって、やっぱり一日中雨に打たれればザックの中まで浸水してしまうのだろう。ほとんどの物を防水バッグに入れていて良かった。今回の登山では贅沢に防水バッグをさらに2つ購入し、衣類用、食料用、良く使う用、エマージェンシーグッズ用、と分けて防水バックを使用していた。まあビニール袋でもいいんだろうけど、それが功を奏したようだ。

聖平小屋の冬期小屋
聖平小屋の冬期小屋に濡れた服を乾かす

えらく時間がかかって濡れた物を全て干し終わると、本館の食堂に向かった。するとおばちゃんがホットコーヒーをご馳走してくれた。若い男性スタッフは「コーヒーにあいますよ」、とこの小屋で作っていたオレンジピールをくれた。美味しいおしるこもくれたし、スタッフのおねーちゃんは手作りの蒸しパンをくれた。もういたれりつくせりで、感謝の気持ちとうれしさをどう表現したら良いのかわからなかった。僕に表現する能力があれば、感謝の舞なんかをヒョ~っと踊って感謝の気持ちを体いっぱいで表現したいくらい。受け入れてもらえるかわからないけど、言葉だけでは言い表せない。本当にありがとう。

そうやってストーブをみんなで囲み頂いたものを食べたりしていると、奥からスラっとした年配の方が出てきた。多分彼が聖平小屋のオーナーだろう。彼は僕を見ると笑顔で「○○さんがここに来ているか、と言う電話が女性の方から電話があったので電話をしてあげて下さい。心配されていると思うので。」という様な事をおっしゃった。僕はすぐに姉だろうと思った。中岳避難小屋にいる時に姉に電話をして、その時は下山が濃厚的な会話をした。それにも関わらず、姉はまだ僕から連絡が来ない事を心配しているかもしれない。僕はそれがわかっていたから、赤石岳でも聖岳でも電話をかけようと試みた。でも電波が通じなくてそれは叶わなかった。でもまあいいか、下山予定日も決めているし、予備日もとっている。その時までに連絡をすれば良いだろうと思っていた。いやまて、もしくは家に何かあったのだろうか。

auの電波が入らないとオーナーに告げると、彼は奥に衛星電話があるので使って下さい、と言ってくれた。本当に申し訳ないと思ったけど、それしか方法も無いと思い使わせてもらう事にした。

奥の事務室に入り衛星電話で自宅に電話をする。すると姉が電話に出た。今聖平小屋にいる、と姉に告げると「おー、早いね」と何でも無い風に返事をした。昨日と一昨日は赤石岳避難小屋に泊まった、と言うと「知ってる」と彼女は簡単に答えた。何だよその感じはもう。こっちはドキドキしながら、しかも衛星電話を借りて連絡をしてるんだ。すると姉は「というか、どこからかけてんの?」的な事を聞いてきたので、聖平小屋で衛星電話を借りてかけていると言うと「それじゃあ早く切らなくちゃね」となり、そして電話を切った。

何と意味のない電話だったのだろうか。姉の口ぶりから察するに、どうやら彼女は僕の行程をどこかで知り得た様だ。その過程で、恐らく聖平小屋に電話をかけたのだろう。なので僕は衛星電話を借りてまで電話をする必要はなかった。
まあでもこれでオーナーの仕事が一つ片付いたと思えば、姉に電話をしたのは良かったのかも知れない。けど「僕を探している」という情報が、ここらの山小屋間の無線で飛び交っていると想像すると、何とも言えない気分になった。

聖平小屋の食堂
聖平小屋の食堂の様子。左奥にオレンジピール。

トレランと聖平小屋の豪華な夕食

お礼を言い食堂に戻ると、若い男性スタッフとおねーさんとトレランの話しなんかをした。
彼らは山小屋での仕事の合間にトレランをやっているらしいんだけど、その記録を聞いてびっくりした。食堂の壁にその記録が張ってあり、聖平小屋から聖岳の山頂までは40分、聖平小屋から赤石岳山頂までの往復で6時間45分、聖平小屋から光岳小屋まで往復4時間55分!驚きの速さだった。
トレランの世界でそれが速いとか遅いとかはわからないけど、普通に登山道を歩いている人間からすればこれらの記録は凄まじい。今日僕が8時間かけて歩いて来た道を、往復6時間45分なのだ。信じられない。

ここで思ったのは、トレランってすごく便利だなということだった。かなりリスキーだけれど距離が稼げるのは非常に素晴らしい。
例えば光岳に登ろうとする。この時期は茶臼小屋からピストンする人が多いらしいけど、距離があるので朝3時に茶臼小屋を発つ人もいるようだ。でも走ってしまえば7時とか8時に出発しても良さそうなもんだ。登山とあわせれば世界が広がるなあ、なんて思った。少し難しい行程もこなせるかも知れない。考えてみる価値はありそうだ。

そんな事を話しつつも日記を書き、16時頃になると夕食の準備が始まった。
厨房の中ではオーナーも含め全スタッフがバンダナや白い帽子をかぶって夕食の準備をしていた。料理を作る音やスタッフの話し声が聞こえてきて活気があった。これは間違いなくご飯はうまいだろう、と確信を持った。

聖平小屋のキッチンとスタッフ、オーナー
夕食の準備をするスタッフとオーナー

16時30分になると僕のテーブルに食事が運ばれた。そのプレートに乗せられた食事は超豪華で驚いた。あまりにも豪華で感動すらした。
きっといつもはここまでは豪華ではないのかも知れない。今日の宿泊者が僕一人で、しかももう少し日が経てば山小屋を締める、ということもあるかも知れない。まあ実際はわからないんだけど、ここまで豪華な食事を出してもらえるともてなされてるなあ、と嬉しくなった。オーナーは「ご飯のおかわりがあったら言って下さいね」とも言ってくれた。

うまい!

聖平小屋の夕食の様子

キッチンの中で山小屋の人達も食事をとっていたけど、その様子はすごく楽しげだった。みんなしゃべって笑い声も絶えない。こんなに笑いがある職場って素晴らしい。本当に良い山小屋だ。

食事が終わると小屋のスタッフと話したり日記の続きを書いたりした。そんな中で気づいたんだけど、自分がかなり元気になっている事がわかった。美味しいご飯と暖かい食堂、そしてみんなのもてなしのおかげだ。
それでスタッフの方にお薦めされ、明日の朝小聖岳くらいまで登る事にした。本当ならゆっくり起きて真っ直ぐ下山しようと思っていたけど、無料送迎バスは13:10分発のもあるからそれまで遊ぶ事にした。

そう、無料送迎バス。井川観光協会の運営している山小屋、茶臼小屋、横窪沢小屋、そしてこの聖平小屋などに宿泊すると無料送迎バスを利用する事ができる。聖岳登山口からは1日2本、10時と13時10分の便があるが、僕は13時10分の便を予約した。ちなみにバスの予約は山小屋のオーナーがしてくれる。

さて、寝る時間だ。すっかり元気になってしまったから、予備日を使って光岳に行ってしまおうかなんて考えがさっきからずっと頭をよぎっている。明日は上河内岳を越えて茶臼小屋で宿泊して、翌日は光岳をピストンする。食料も金もまだあるからあわてて下山をする必要もない。体力的にも全く問題がない。
けど、もうこれ以上天気に対して望むのが嫌だ。今日歩きながらずっと、晴れろ晴れろと呪文の様に唱えてきたけど結局は1日中雨だった。天気予報は明後日も晴れる雰囲気を出しているけど、それも信ぴょう性が低い。これでまた雨に降られてしまうと、今回の縦走が寂しいものになってしまうだろう。だから下りる。明日は絶対に晴れるだろうから、晴れを最後に下りよう、そう思った。

聖平小屋は布団じゃなくて寝袋。
おばちゃんが、「寒かったらいっぱい使ってね」と言ってくれた。
ありがたい。おやすみなさい。

聖平小屋の寝床
聖平小屋の寝床。壁にぶら下がっているのは寝袋

9月20日木曜日。小聖岳ピストン、そして下山へ。

4時に起きた。寝れた。起きてまず驚いたことは、自分が良く寝れたという事実だった。昨晩寝袋に入ってからももがくこと無くすんなりと眠りに落ちたし、そして今、4時にセットした時計の目覚ましで起きる事ができた。今回の縦走始まって以来の快挙。2度寝しようと思っても、良く眠れたせいで眠れない。やっぱり、寝袋で寝たのが良かったのかも知れない。寝袋は頭も暖かくカバーしてくれる。

身の回りの片付けを済ますと外に出てタバコを吸う。夜空には星がキラキラと輝いている。今日は快晴だ。空気も澄んでいる。そしてえらく寒い。やっぱりノーパンにハーパンはきつい。話しを聞くと今朝の温度は4度だそうだ。

食堂に行きスタッフの方に「これから聖岳方面に行きます」的な事を告げると、じゃあ早くご飯食べなきゃね、という事でおばちゃんとおねーちゃんが早めに朝ごはんを出してくれた。ありががたい。そして食事が終わると軽く下山の準備なんかをして、聖岳に向けて出発した。5時。

まだまだ暗く寒い道を歩く。荷物も軽かったし、昨日のトレランの話に影響されてか少し早歩きで登った。ハーフパンツに草があたってチクチクする。昨日丸一日撮影出来なかった様なものだから、ストレスを発散するように写真も撮りまくった。

かなり寒いけど、小走りで登っているから寒いのか暑いのかわからない。鼻水は相変わらずすごい。
20分も登れば辺りは明るくなり歩きやすくなった。富士山も顔を出したし、伊那の町の方の雲海も見えた。太陽は上に登るに連れ、僕にその優しくて暖かい光を届けてくれる。素晴らしい朝だ。もっと早く起きて、山の上から夜明けを見ても良かったなあと思った。

聖平小屋から聖岳への登山道の様子
奥に見える山が聖岳

高く登れば登るほど色んなものが見えてくる。聖岳ってこんな形をしてたんだなあとか、上河内岳や茶臼岳への尾根もよく見えたし、聖平小屋のロケーションも良くわかった。やっぱり登山は晴れの日に限るなあ。地形と地図好きにとっては、見えることってすごく大事。下山を決めてしまったけれど、ますます先に行きたくなってしまった。上河内岳に登って、その先の光岳方面の山々を見てみたい。

上河内岳
真ん中に見える赤い屋根が聖平小屋で、奥の山は多分上河内岳。その奥が茶臼山だろうか。

6時15分には小聖岳に到着した。目の前にはドドンと聖岳が見える。
さて、ここで迷ったのが聖岳に登ってしまうかどうかだ。山と高原地図によると、聖岳の山頂までは1時間20分のようである。13時までに聖岳の登山口に下りなければならないと考えると、登れなくはないけど少し厳しい。写真を撮って景色を楽しみながら登るというのは難しいだろう。それにその後の行程も忙しいに違いない。急いで聖平小屋に戻って荷物をパッキングして、急いで下山をしなければならない気もする。最後だからのんびりとしたいな、と言うことで僕は聖岳には登らない事を決めた。ゆっくり行こう。多分、ここにはきっとまた来る。

小聖岳から望む聖岳
小聖岳から見た聖岳。

小聖岳ではひたすら聖岳の写真を撮ったりタバコを吸ったり、ぷらぷらしたりした。僕が昨日登ったであろう兎岳も良く見えた。聖平小屋のおねーちゃんによると、兎岳からの眺めは最高らしい。

そんな感じで小聖岳からの眺めを楽しんでいたけど、寒すぎてのんびりと言うわけには行かず下りる事にした。

聖平小屋までは散歩みたいに写真を撮ってゆっくりと下った。木や花を撮りながら、カメラの設定を色々と試したりした。
途中で聖平小屋のおばちゃんが登ってきて少し話しをした。今日がどうやら小屋での最後の自由時間らしく、最後に聖岳に登ると彼女は言っていた。それと僕にそこら辺に咲いている花の名前をいくつか教えてくえた。そして別れの挨拶をすると、彼女は聖岳の方へ登って行った。
しばらく下ると今度はオーナーが登って来た。彼はどうやら山仕事の途中の様だった。相変わらず涼しくて素敵な笑顔。また花の咲く頃に来ますね、と言うと、彼は「その時は案内しますよ」と言ってくれた。嬉しかった。彼に会いにまたここに来たい。 そして、ここを離れる前にオーナーにもおばちゃんにも会えて良かった。

小聖岳付近の登山道様子
なんとなく影が面白かったので。
聖平小屋付近のマルバダケブキのお花畑
枯れたマルバダケブキのお花畑と登ってくるオーナー
聖平の様子
聖平の様子
聖平から聖平小屋へと続く木道
聖平小屋へと続く木道と聖岳。

聖平小屋に戻ると、スタッフのおねーちゃんが「コーヒーでも飲んでいったら?」と言ってくれた。さすがに2杯目だったので、お金を払いますよ、と言うと「も~い~ですって~」と、おねーちゃんと若いスタッフは口をそろえて言った。嬉しい。まあオーナーが何と言うかはわからないけど、久々にこんな風に言ってくれる人達と会った。昨日もそうだったし今日も。ありがとう。僕はどうやってこの恩を返そうか。またここにお土産でも持って遊びにくるとか、それと聖平小屋は素晴らしい、と言いふらそう。

パッキングを済ませると温かいコーヒーを頂いた。コーヒーを飲んでいる間おねーちゃんはまた僕に花の名前を教えてくれた。彼女の様に花や植物を知っていたら、登山がどんなに豊かになることだろう。次来る時までにはもっと花の名前を覚えて、あそこにこんな花が咲いていたよ、とおねーちゃんと話せるといいな。

そして8時30分、みんなに挨拶をして聖平小屋を発った。
帰り際に若いスタッフは「23日まで営業してるんでまた来て下さいね~」と言い面白かった。
本当に聖平小屋は素敵なところだ。そして人も。昨日今日とここにいる間、温かくて優しい時間の中で過ごすことができた。本当に23日にまた来たいくらいだ。

若い男性スタッフは気さくで面白いし、彼と話しているとエネルギーがあってすごく元気になれた。おねーちゃんは花の名前をいっぱい教えてくれたし、歌が上手だった。と言ってもキッチンの中で「ドレミの歌」を鼻歌を歌っていただけなんだけど、声があまりにも綺麗で日記を書く手が止まってしまったほどだった。おばちゃんは僕の話しをいっぱい聞いてくれたし、お茶を入れてくたり色々と世話をしてくれた。そしてオーナーはいつも素敵な笑顔で、電話の事だったりバスの事だったり世話をしてくれた。もう一人年配のスタッフの男性がいたけれど、彼とはあまり話す機会がなかったので残念。次回来た時は彼といっぱい話せたらいいな。

聖平小屋でもそうだけれど、今回はたくさんの人の世話になった。旅をするといつも人の暖かみを知る。登山に限らず今まで色々な形で旅をしてきたけれど、毎回人のお世話になって、人に優しくされて暖かみを知る。僕はこれから、この与えてもらった物を返すことができるのだろうか。無償で人に与えることができるだろうか。

南アルプスで会ったみなさん、本当にありがとう。お世話になりました。

聖平小屋のテント場
聖平小屋のテン場
聖平小屋
聖平小屋

聖沢登山口へ下山。滑落。

聖平小屋からテント場の方へ進み椹島への分岐をとった。細い沢に沿って勾配のない歩きやすい道を東へと進む。小さな滝を見たり、崩壊した橋を見たり、足を止めては下手な写真を撮って進んだ。

聖沢
聖沢。
聖沢登山道の様子
歩きやすい登山道。
聖沢、崩壊した橋
崩壊した橋。

9時30分には岩頭滝見台と言う名の場所に到着した。ちょっとしたピークの絶景ポイントで、しかも滝を見下ろせる場所だ。
ここで地図を見て参考タイムを確認したんだけど、自分のペースがかなり遅い事に気がついた。ゆっくりと写真を撮りすぎたせいだろう。何としても13時10分のバスには間に合わなければならない。パンをモグモグと食べるとタバコを吸い、写真は撮るが急ぐ事を決めた。せっかくなんでちょっとトレラン気味に下ってみよう。

岩頭滝見台からの眺め
岩頭滝見台からの眺め

1.7キロのカメラを右手に小走りで登山道を下った。大きな尾根を巻いている登山道だ。細かい支尾根を巻いて右に行ったり左に行ったり、ちょっと登ったり下ったりして進んだ。支尾根を巻いた沢の部分では丸太の橋がかかっている箇所がいくつもあった。
ちなみにこの辺りの丸太の橋で僕は落ちた。カメラをいじくりながら橋を歩いていたら、着地した左足がそのままツーっと丸太の上を滑って行き、そのまま落ちた。落ちても足が着いたからよかったものの、足がつかない場所なら死んでいた事だろうと思う。原因はカメラ。右手のカメラを意地でも離さなかったためにそこまで落ちてしまった。そして足の数カ所を強打した。やっぱり木は怖いね。そして僕は落ちたことを忘れ、そしてまた走りだした。

聖沢登山道の丸太の橋
滑落した丸太の橋。

地図にあるようにガレ場があったりお花畑があったり吊り橋なんかもあったりした。そして10時30分には乗越に到着。ここでまた余ったパンを食べ休憩。そしてまた出発。

聖沢登山道の乗越の様子
多分ここが乗越

乗越からは山と高原地図に書いてある通りの登山道が続いた。
かなりの急坂を下り聖沢吊り橋を渡り、桧の植林地を過ぎ歩きやすいトラバース道を歩いた。
そして出会所小屋跡を過ぎると聖岳登山口に到着。12:15分。バスの時間まで1時間近くも早く着いてしまった。もったいない。

聖沢吊橋
聖沢吊橋
聖沢登山道にかかる橋
なんかこんな橋がいくつかあった。 全体的に橋が多い登山道。
聖岳登山口の様子
聖岳登山口の様子

そう、聖平小屋からの道は、短くはなかったけどリズムがあって面白かったと思う。中盤の聖沢吊り橋からはザ・樹林帯って感じの急登でがんばりどころが続くけれど、前半と後半は山の傾斜もゆるいのでのんびりと山歩きを楽しめる。個人的には好きなコース。しかし、水場が途中2箇所あったようだけど、その2つとも気づかずに過ぎ去ってしまった。うーん、どこにあったんだろ。やっぱり走ってしまうと細かいところに目がいかない。

バスが来るまで暇だったので辺りをぶらぶらして写真を撮ったりして過ごした。まあ特に林道があるだけで何もすることがない。しかもちょうどお昼時で日差しが暑い。沢に下りて水浴びでもしようかなあと思ったけど、どうやら下りるのも面倒だ。出合所小屋跡辺りが広々としていたので、そこで昼寝でもしていれば良かったと思った。auの携帯には電波が入らない。
ぼーっとしていると、林道を東海フォレストの送迎バスらしき車が登山者を積んで走り去って行った。さて、本当に井川観光協会の送迎バスは来るのだろうか、なんてタバコを吸いながらぼーっとしていると、大きなマイクロバスがやってきた。さっきの東海フォレストのものとは大きさがまるで違う。

井川観光協会の登山者送迎無料バス

井川観光協会の登山者無料送迎バス
井川観光協会の送迎バス。白樺荘で撮影。

Uターンするスペースにマイクロバスは停まると、運転手は僕を呼んだ。マイクロバスのフロントには「茶臼小屋・聖岳・横窪沢小屋」とステッカーが貼ってある。そして「井川観光協会」と書かれたプレートも確認した。良かった。無事に送迎バスは来た。こんな辺鄙な山奥で待ち合わせなもんだから、どうしても微妙に不安が残ってしまう。まだ13時前だ。

運転手は僕に、一人?と尋ねた。はいそうだ、と答えると彼は紙が挟まれたクリップボードと、うしろに消しゴムのついた鉛筆を僕に渡した。何と言うタイトルがその紙に書かれていたか忘れてしまったけど、恐らく下山届けの様なものだろう。内容も登山届と同じ様なものだった。
それを書き終わると車内に入り一番奥の席で出発時刻まで待機した。全ての座席はビニールでくるまれていた。

運転手さんに大井川鉄道で静岡に向かうと言うと、「バス(しずてつジャストライン)に乗った方がいいと思うぞ~」と彼は言った。電車は遠回りをするし、乗り換えも多いぞ、とも言った。そんな感じで最初は会話をしていたけど、しばらく経つと2人とも寝た。
僕が目を覚ますと13時10分で出発の時間だった。しかししばらく待ってもバスは出発しない。どうやら彼はまだ寝ている様だった。起こすのも申し訳ないと思ったけど、次に乗り継ぐ「井川地区自主運行バス」に乗り遅れるのも嫌だったので、さり気なく物音を立て彼を目覚めさせた。そして彼はおもむろにバスを出発させた。

バスは左手に沢を見下ろしながら走った。走り始めてすぐ、ものすごい悪路だなと思った。マイクロバスだし、一番後に乗っているからバスの跳ね方が半端じゃない。そのうちタイヤがパンクするんじゃないだろうか、ってくらいバスの揺れはすごかった。しかも座席の上にビニールがあるもんで跳ねると滑った。車が苦手な人は5分で吐くだろう。この揺れを経験させるために、運転手さんは「一番後に座って」と言ったのだろうか。それだったらナイス。

しかもしばらく道をみていて気づいたんだけど、道路への落石がものすごく多い。道路上にはあまりみかけないけれど、崖側に、落ちた落石が道路に沿って積まれていた。落ちてはどかし、落ちてはどかしを繰り返してこうなったんだろう。
ここいらは一般車は通行できないけれど、間違いなく一般車を通らせては行けない道だ、と言うのが良くわかった。山の斜面を固めない限り一般車は通行できないだろうな。

こんなに跳ねたんじゃ眠れんな、と思っていたけど、気がついたら寝ていた様で、目が覚めると運転手が外に出て道路の落石を道の脇に蹴飛ばしているところだった。大変な道だ。

井川観光協会の登山者無料送迎バス 車内
井川観光協会送迎バスの車内と落石を蹴飛ばす運転手さん。

そしてまたバスはしばらく走るとゲートのある「南アルプス登山指導センター」で停車し、畑薙第一ダムを過ぎ、そして東海フォレストの送迎車が停まる夏季臨時駐車場(臨時駐車場の開設期間外は畑薙第一ダムまでのよう)を過ぎた。そしてとうとう「白樺荘」に到着した。乗車時間は1時間。なかなか激しい道だった。運転手さんありがとう。これで無料なんて信じられない。1万五千円くらい払わなければならないような道のりだった。

井川地区自主運行バスと井川駅

白樺荘の様子
白樺荘。

14時10分。白樺荘。白樺荘は宿泊や温泉、食事なんかもある施設の様だ。時間があったら飯を食って風呂に入りたいところだったけど、次に乗る「井川地区自主運行バス」の時間まであと10分しかない。なのでぶらぶらとコスモスやヒマワリなんでか写真撮影の練習をしていると、井川地区自主運行バスはやってきた。

井川地区自主運行バスはハイエースくらいのサイズだっただろうか。このバスは予約ができなくて、満車の場合は地元住民が優先で乗車ができないということだ。今僕は起点にいるわけだから乗車する人は僕以外にはいないわけだけれど、これから目指す井川駅までは停留所が15個ほどある。10人くらい一気に人が乗ってきたら僕は降ろされてしまうのだろうか。
運転手さんに行き先を井川駅前と告げる。料金は前払いで700円手渡した。そしてバスは出発した。

バスでは車窓からの眺めを楽しんだ。県道60号。先ほどまでの林道とは違い道路はしっかりとしているので乗り心地がいい。しかし相変わらずの山道が続いている。

ラジオでつまらない謎掛けを聴きながらバスは走った。
どれくらい走っただろうか。井川の町に着くと、送迎バスは井川の狭い町の中を走った。小さな町。どんな仕事で生計を立てている人が暮らしているのだろうか。旅館はいくつかある。こんな小さな町で宿泊してみるのも面白そうだけど、営業はしているのだろうか。そう、確か「ふれあいセンター」だったかな、老人ホームっぽい施設のビルがここにあったけれど、井川湖に飛び出した半島の先端の方にそれは立っていて、さぞかし眺めがいいだろうなあと思った。老人になる前に、一度訪れてみよう。

井川地区自主運行バスの車内の様子
井川地区自主運行バスの車内。一番奥の席から撮影。

そんな事やこんな事をぼーっと考えながら車窓からの眺めを楽しんでいると、突然送迎バスがお食事処に停まった。客もいないようだし、なんだろなって口を開けていると、若くて爽やかな運転手さんが「はい、井川駅に着きました」と言った。えぇ、と思ったけれど、停留所の看板には「井川駅前」と書いてある。僕はきょとんとしながら、ありがとうございます、なんて言いながらバスから下りた。実はまだ、この先の上落合まで行きしずてつジャストラインで静岡に行くか、それとも井川鉄道に乗っていくかを決め倦ねていた。そんな矢先に井川駅に着いてしまったもんだから、ついつい下りてしまった。そして「やっぱりまだ乗ります」と言おうかどうか、と考えているうちに送迎バスはブーンと走り去っていった。

はて、ここは駅なんだろうか。たまに峠なんかで見かける食事処兼土産物屋としか思えない。僕が想像していた井川駅よりも遥かに遥かに遥かに規模が小さくて驚いた。少なからず”駅”って言うものは、もう少し賑わっているものだと思っていた。甘かった。まだまだ僕の知らない世界は多い。15時30分。

井川駅の下のお食事処
井川駅下の食事処。

大井川鐵道井川線(南アルプスあぷとライン)

まあ駅って書いてあるからどこかに線路があるんだろう、って事にしておいて、僕は昼飯を食べるため食事処に向かった。すると電車の時刻表を発見。井川発最終の電車は15時57分とある。簡単なメシくらいは食えそうだ。

食堂の中に入るとメニューが沢山あり迷っていた。すると奥からおばあちゃんが、いらっしゃい、と言いでてきた。僕は ”やまめの塩焼” を食べたかったけれど、時間を考えると忙しくなりそうだったので、「簡単に食べられるものはありますか?」と聞くと「そばなんかはすぐにできますよ」と言う返事だった。そばか、と考えていると「椎茸のお弁当もありますよ。電車の中で食べたらどうですか?」と彼女は言った。よし、それだ。駅弁に椎茸弁当。ヘルシーそうだけれど椎茸弁当と言う名前に惹かれた。少しお待ち下さいね、とおばちゃんは言った。椎茸弁当は確か700円か800円。

井川駅下のお食事処の様子
食事処の様子。

椎茸弁当をおばあちゃんが持ってくると、おばあちゃんと少しの間会話を楽しんだ。最近は登山者も多く来るようで、下山後に大井川鉄道に乗って静岡方面に帰るそうだ。また、大井川鉄道は面白いですよ、とも言っていた。音はうるさいですが、日本でこんな電車に乗れるのはここだけですよ、とも言っていた。優しそうな素敵なおばあちゃん。時間があったらメシを食いながら話したいのになあ。

おばあちゃんが教えてくれた様に、 井川駅は階段を登った所にあった。こんな人目につかないところに駅があるんだ。
階段を登り切ると井川駅があった。そしてしっかりとレールもあった。そしてしばらくそこで待っていると、ガタンゴトンと大きな音を立てながら赤い電車がやってきた。ポーッという鳴き声も聞こえる。窓口では静岡駅までのチケットを買った。そう不思議な事にここの窓口では若いおねーちゃんが働いていたんだけど、彼女の対応があまりにもひどくてビンタしてやろうかと思った。もう対応が悪いとかそんなレベルではなかったんだけど、これまで素敵な人達との出合いばかりだったのでとても残念だった。

井川駅
井川駅。

大井川鉄道井川線、通称”南アルプスあぷとライン”の電車はすごく渋かった。電車に興味は無いけれど、くすんだ赤いボディには心踊った。
井川駅から乗客は数名乗ったし、すでに乗ってきて折り返す人達もいたけれど、それでも車内はガラガラだった。僕の車両には僕以外には一人しかいなかった。最高。そして電車は出発した。窓口のねーちゃんは走り去る電車に手を振っていた。このやろう、と思った。

大井川鐵道井川線 南アルプスあぷとライン
大井川鐵道井川線の電車

ガタンゴトンと電車がレールの上を走る音を聞きながら、早速椎茸弁当の包みをあけて食べた。椎茸がジューシーでうまい。窓からの景色を楽しみながらあっという間に食べ終わってしまった。
しかしこの電車、走っているところが樹林帯。さっきまで樹林帯を歩き続けていたから、また樹林帯に戻ったかと思うと少し嫌な気分になった。そして想像したよりも遥かにスピードが遅い。隣にトレランの人が走っていたら抜かされてしまいそうだ。

椎茸弁当
椎茸弁当

そんな感じで電車は走り、そして人のいない寂しい駅に停車してはまた走った。たまには樹林帯を抜け渓谷の眺めを楽しめたし、有名な橋なんかも渡ったりした。車内では乗務員が見える景色についてガイドをしていたけれど、電車の騒音で9割聞こえなかった。

それにしても、良くこんな所に電車を走らせたなと関心してしまう。電車は尾根と沢の間の斜面を走っているんだけども、支尾根は途中でぶった切られているし、ぶった切れないような大物の支尾根になると大きく巻いたりトンネルになった。おかげで尾根の断面図を見ることができて楽しい。山は岩でできているってのは頭で理解しているんだけど、でも樹林帯の尾根なんかは土が多いから、どうしても岩よりも土ってイメージの方が強い。けど断面図を見てみると、99%は岩で、表面の皮膚の部分だけが土だった。やっぱり山は岩なんだ。

大井川鐵道井川線 車内の様子
車内の様子。

どこかの駅で、アプト式機関車を連結するようでしばらくの間停車をした。詳しくはわからないけど、どうやら急勾配を登り切るのにアプト式機関車が必要な様であった。その間は外に出てタバコも吸えたし、トイレにも行けたしジュースも買えた。しかし遅いなこの電車。事前情報なしに乗ったから、この電車の遅さには驚いた。

アプト式機関車連結作業の様子
アプト式機関車連結作業中。
大井川鐵道井川線 どこかの駅
大井川鐵道井川線 どこかの駅2

太陽が山に隠れ辺りが薄暗くなった頃、電車はとうとう終点の千頭駅に到着した。乗車時間は2時間くらいだったろうか。長旅だった。そしてそこからは大井川鉄道本線に乗り換えて終点の金谷駅まで向かった。乗車時間は1時間と少し。これまた長い鉄道の旅だった。窓からの景色を楽しみたかったけれど、すっかり日も暮れて何も見ることができなかった。どんな所を走っていたのだろうか。そして僕は少し電車を選んだ事を後悔しつつあった。確かにあぷとラインは面白かったんだけど、未だに僕は南アルプスの山中を抜けだせていないのだ。井川観光協会の送迎バスの運転手さんが「バスの方がいいと思うけどな~」と言っていた意味がわかった。時間が長くかかるってのもわかっていたし、その旅も楽しみにしていたけど、体験してみると改めて長いと思った。

大井川鐵道本線
大井川鐵道本線。千頭から金谷行き。
大井川鐵道本線の車内
大井川鐵道本線の車内。

そして大井川鉄道の本線は19時頃に金谷駅に到着。そこから今度はJRに乗って静岡駅に向かった。静岡に着くと今度は新幹線で東京へ。最近は山小屋で早寝早起きだったから、この頃になるとひどく眠くなった。そしてとうとう東京に到着。そっからまたJRに乗り、僕の長い長い電車の旅、そして5泊6日の縦走は終わった。

誰もが言う事だと思うけれど、終わってみると短い旅だった。5泊と言わずまだまだやれたなあとは思うし、予定していた光岳に登らなかった事は少し後悔している。けどまあ、これで良かったんだという満足感もある。楽しかった旅、で終わらせるには、ここらで切り上げてちょうど良かったのかも知れないな、と思った。

今回の縦走で一番の収穫は、山小屋での宿泊が面白いと知ったこと。今まで、重たい荷物を担いでテント泊の登山をするのが偉い、と思っていたけど、それは間違っているとわかった。どちらにも良い点がある。なのでこれからは積極的に山小屋を利用しようと思った。もちろん、時は選んだ方が良さそうだ。シーズンの終わりで人もいなくて、また南アルプスの様に登山者が少ないから今回は人と触れ合う機会が多かっただけで、北アルプスなんかではそうもいかないかも知れない。

まあそんな感じで、山で人に触れ多くを学び、改めて登山の楽しさを知った旅になった。いつか世話になったみんなに会いに、また南アルプスを縦走できたら最高だ。