初心者のための登山とキャンプ入門

DAY17:さらば、ジョンとウォーリー。僕は下りる

ジョンとウォーリー

2014年10月25日

時にヤクは暴走する。ヒマラヤを旅している中でヤクの暴走を2回見た。

1回目はトゥクラだった。ヤクのキャラバンがトゥクラを通過したんだけど、その中の一匹のヤクがレストランのテラス席に突っ込みテーブルやイスをなぎ倒していた。宿の人間もガイドやポーターもみなその光景を呆然と眺めていた。僕にはヤクが自らの力を誇示している様に思えた。「ヤクに生まれたから仕方なく仕事をしてやっているけれど、あまりムリはさせんなよ、怒ると怖いよ」と我々に見せつけているかの様だった。

2回目は今日だった。テンボチェの手前辺りで、背の左右に積まれた荷物のバランスがおかしくなったヤクがやたら怒っていた。一人のヤク使いがツノを掴み、もう一人のヤク使いが荷を直そうとしていたがヤクは彼らを吹き飛ばした。そしてヤクはしばらく荷物を引きずりながら歩くと、しまいには荷物を体から引き離した。
体の軽くなったヤクはすぐに大人しくなった。ロバにはどれだけケツバットしても問題ないよう思うが、ヤクにはできないだろうなと思った。

基本的にヤクは大人しい生き物の様に思うが、僕は結構怖い。細い道ですれ違う時、向こう側からツノがブンブンと向かってくると緊張する。けれど一番怖いのはヤク同士がすれ違う場面に直面した時だ。確実に自分が生き延びられそうな場所を見つけて移動せねばならない。ちょっとでもヤクにあたられたら簡単に吹っ飛び崖から落ちてしまうのだ。ヤクとは友達になれるだろうか。

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さらば、ジョンとウォーリー。

エベレストトレッキング中のヤク
狭い道でのヤクとのすれ違い

今朝、僕はジョンとウォーリーに山を下りることを告げた。
昨日の日記に書いた様に、下山するにはいくつかの理由があった。その中で一番の決め手になったのは旅に展開が欲しいと思ったことだ。これまで3人で旅を続けてきて僕は楽ばかりをしていた。それでも寂しいと思うことは何度かあったが、一人よりは遥かにマシだった。彼らについて歩いているだけで物事は順調に進んだ。なのでそろそろ、もっと孤独で、もっと色んなことに困る一人旅をした方が面白いんじゃないだろうか、と思った。
そして寒い。とりあえずは標高を下げたい。10月も終わりに近づき、日々寒さは増しているのだ。

僕は彼らより一足先に山を下りる。そして、カトマンズかポカラで再会する約束をして、南へと向かった。

昨晩のこと。

昨晩はステキな夜を過ごした。レストランのストーブをみなで囲み、相変わらずのジェスチャーゲームを楽しんだ。僕ら3人に加え、一人で旅をしていたアイリッシュの女の子も参加した。

ジェスチャーゲームは楽しいけれど、僕はほとんどの答えがわからない。世界的に有名なミュージシャンや有名な映画ならわかるけれど、アイリッシュのバンドとか、イギリスの小説なんかはさっぱりわからないし、ましてやTVショウなんて答えようがない。
また日本人の外からの文化はアメリカよりなので、例えば MR. BIG を問題にしても彼らにはわからないかもしれない。試しにヴァン・ヘイレンを問題にしてジェスチャーをしてみたが、それはジョンがかろうじて知っているくらいだった。
そんなゲームだけれど、楽しい。答えはわからなくても、ジェスチャーから単語を見つけ出すことは誰にでもできる。そして何よりみんなの演技を見ているのは楽しい。みな、次はどんなジェスチャーをしてやろうか、と演技をすることを楽しんでいるようだ。

おひとりさまトレッキング

ネパール エベレストトレッキングの様子1

トゥクラを発つとペリチェに向け下った。

シバラヤからトレッキングを始めて2週間以上経った。ここに来てついに一人になったけれど、あまり特別な感じがしないのはなぜだろうか。これまでも歩く時は一人でマイペースだったからだろうか。
ただ少し変わったことは、少しだけ体が軽くなったと感じただけだ。いやそれも、ハラの調子が落ち着いてきたからなのかも知れない。

だだっぴろい沢に向け下る。100メートルも下れば体は暖かくなるし、汗もかくので嬉しくなる。そして、これから外で頭を洗ったり洗濯ができる場所に行けると思うとさらに嬉しくなった。
言葉の使い方は間違っていると思うが、こうなればとことんお一人様を楽しんでやろうと思い、ペリチェのレストランではコーヒーブレイクをとった。1杯100ルピーのひたすら苦いインスタントコーヒーを飲むだけだが、これぞティーハウストレッキングという気がして満足した。

さらに昼ごはんにはパンボチェのカフェに入り、ドーナツとアメリカーノを注文した。巨大なドーナツは値段も高く美味しくもなかったが、標高4000メートルでドーナツとコーヒーのランチは最高に贅沢に感じて嬉しくなった。
カフェ内のショーケースの中には、どれもこれもそそらないパンが数種類陳列されていた。でもこのパン達も、街道を歩く運び屋が定期的に運んで来ているのだろう。そうやって考えを巡らすと楽しくなる。
昔の日本もこうだったのだろうか。峠の茶屋の主人は通りかかった強力に「次に登ってくる時にもち米をお願いできんかね」と頼む。その強力は山を下ると村でもち米と他の山に住む人々に頼まれた物を仕入れまた山に入る。そして届け彼らから駄賃をもらう。その繰り返しの人生だ。あるいは行商が物を売り歩くこともあっただろう。屈強な男は多くの荷物を運んで稼げたことだろう。 って、パンをコーヒーで流し込みながら考えて楽しむ。

トレッキング カフェでドーナツとコーヒー

きた道と同じルートは退屈だと思い、ポルチェ経由でナムチェに向かおうかと思った。けれど考えなく歩いていたら沢まで下りてしまい、結局同じルートを歩くことになってしまった。下ってきた山の上の方を眺めるとポルチェへの道がキレイに伸びていた。「あそこ歩きたかったんだけどなあ…」とそれを眺めながらテンボチェに向け、また山を登った。

そんな頃、登り坂でふと顔をあげると、ラムジュラで会った日本人のおじさんが下ってきた。ポーターを一人連れている。「ホレ、疲れるでしょ。だからポーター雇っちゃったよ。それで今回はチュクンしかいかないことにしたよ。ずっと考えてるのよ。疲れちゃうじゃない、ホレ。」と言っていた。相変わらずの口調で嬉しい。
僕は以前彼に会った時は少し距離を置いていたが、今回また彼に会えた事がとても嬉しかったし、ステキな人に見えた。一人旅が始まったからかも知れないし、たぶん前回はジョンとウォーリーもいたからだろう。僕は外ヅラを良く見せたがるから「変わった日本人」を彼らにあまり見せたくなかったのだと思う。情けない話しだ。
天気も良くて場所も良ければ彼とお茶でもしたかったが、我々が出会ったのはきつい坂の途中だった。彼はポーターと共に道を下り、僕は登った。

テンボチェには前回泊まったので、今回はそこを過ぎ沢に下りた集落のロッジに泊まろうかと考えていた。けれど思ったよりも疲れていたし、天気も悪くなり寒くなってきたのでまたテンボチェに泊まることにした。 今朝ジョンに「天気が悪くなるから今夜は寒いぞ」と上空の雲の様子を見てあてずっぽうを言ったが、本当にそのとおりになった。遠くに見える高い山々は完全に雲に包まれている。雪が降っているかも知れない。ゾンラにいるであろうジョンは、今頃僕の予知能力に驚いていることだろう。

ネパール エベレストトレッキングの様子2
ネパール エベレストトレッキングの様子3

テンボチェは前回と同様寒々しい印象で、あまり好きな場所ではない。こうやって旅をして村々を通過したり泊まってきたりしたけれど、なぜかテンボチェは好きになれない。だから今日は別のところに泊まりたかった。なぜだろう。ここが寒いからだろうか。
ロッジは前回と違うところを選んだ。客にはトゥクラで一緒だったイスラエルのカップルもいるし、ゴラクシェップで僕がカメラを外に置き去りにしているのを教えてくれた、優しいハゲたカナダ人もいる。そんな彼らといくらか会話をしていると、一人旅も悪くないなと思った。

ガイドを雇うなら

本格的なポーター隊

ポーターには少年からじいさんまで色々。少し口が悪いが、彼らはガイドに比べると全体的に田舎者の顔をしている。僕が通りかかるとジロジロと見る人にポーターが多い。服装はシャツにジーパン、スニーカーやサンダルでラフ。茶髪で歩きながら音楽を聴いていることが多い。
それに対しガイドの表情はキリッとしているし、身なりもアウトドアウェアだったり登山靴を履いていたりしてしっかりとして見える。ポーターとは明らかに違う。一度、ジーパンのポケットに手を突っ込んで先頭をふらふらと歩くガイド(ポーターガイドかもしれない)を見たことがあるが、それ以外のガイドはみな身なりも様子もまともだった。全ての人と話したわけではないが、英語のレベルはそれぞれだろう。

トレッキング中のガイドの様子はすれ違うだけなので良くわからないが、ロッジで過ごす彼らの様子は良く観察できる。ガイドは雇い主のそばに居て、食事の手配をするなどネパール人との交渉役になっている。また彼らは雇い主とはご飯を食べず、雇い主が食べ終わってから別の場所で他のガイドと共に食事をし、そして別の場所で寝る。ガイドやポーター用の雑魚寝部屋があるんだと思う。

そういう訳で、というかどういう訳かわからないけれど、ガイドを雇う際は一度会って顔と服装をチェックしてみるのがいいと思う。顔つきでだいたいのことがわかると思うし、ガイドには若者からおじさんまでいる。おしゃべりもかたぶつもいる。気に入らなかったらチェンジできるのかどうか、契約の際に確認しておくのも良いと思う。

ロッジで働くスタッフ

標高の高いロッジで働くスタッフは基本的に日本の山小屋と一緒だろう。年中標高の高いところで暮らす人はいないので家族経営のロッジはないと思われ、ルクラや下界から働きに来ているのだろう。
ちなみに、家族経営のロッジが「おうおう、よくぞ来てくれました。さあさあお入り。」という様な雰囲気に対し、標高の高いロッジは商売商売していてクールな印象だが、彼らは稼ぎに山に登ってきているので良く働く。ボスらしき人はかなり風格があり対応も素晴らしい。若い新入りは小走りをしているところを良くみかける。ほっぺたを赤くしながら、テキパキと良く動いている。

そう、昨日はバクタプルだかナガルコットだか忘れたが、そこで暮らすネパール人の若者の「ヒラ」と仲良くなった。彼は地元で働く料理人で、去年山での仕事をしたら楽しかったので今年もまた上ってきたらしい。ロッジのコックとして働くのだ。なんだかリゾートバイトみたいですごく楽しそうだ。彼には僕が日本人だとわかったらしく「こんにちは」と挨拶してきた。(僕のことを日本人だと思うネパール人は極めて少ないのだ。)
ヒラには日本人の知り合いも多いのだろう。日本のことをよく知っていたし、それに日本人が好きだ、と何度も言っていた。明るくて愛嬌もよくて素敵な男だった。次ネパールにきたら俺が案内してあげるよ、とも言ってくれた。

宮本信子さん似のおばちゃん

話しはテンボチェに戻る。

今夜の宿のダルバートは最高だった。米はモチモチの日本風だし、おかず?と言うのだろうか、ダルバートの具があるのだけれど、そのおかわりにポテトがきたのだ!おかずのおかわりに違うものが来るなんて始めての事で感動した。しかもおかわりをするお米の量も決まっていて、入れ過ぎられるということがないのだ。あわてて「ストップ!」と大声を出す必要もない。宿を仕切る宮本信子似のおばちゃんは、僕がどれくらい食べられるか知っているかの様だった。いつものダルバートの儀式がない事に少し寂しい気はしないでもないが、逆に「彼女はクールだ」と妙に心打たれた。

宮本信子似のおばちゃん。できれば仲良くなりたいのだけれど、オーラが半端ないしキビキビ働いているので気軽に話しかけられない。

メモ

  • ここでもアツアツのおしぼりを食前にくれた。テンボチェでは食前に「アツアツのおしぼりを配る」が流行っているのだろうか。導入したのは日本人だろうか。
  • 僕は中国人と韓国人を見分けることができるが、日本人を見分けるのはかなり難しい。ネパール人と日本人の顔がかなり近いのだ。あれは日本人だ、と思った人はだいたいネパール人である。
  • 現在の財布の中身。273ドル + 2万1千円 + 15830ルピー

DAY17:今夜の居場所マップ

ネパール・エベレストトレッキングマップ