初心者のための登山とキャンプ入門

DAY20:ルクラから「Sita Air」でカトマンズへ

ルクラの飛行機 シタエアー

2014年10月28日

昨晩ベッドの中で、購入した木のツボが本物なのかどうか、土産屋の店主が言ったことは本当なのかどうか、と頭の中で検証していた。考え始めたら止まらなくなり眠れなくなった。

クンブエリアの、ルクラから少し離れた村で作っているという木のツボ。無垢の木材をろくろで削ってツボにしていると思われる。ろくろに取り付けた木材を高速回転させ、固い刃物で木材を削りツボの形を形成しているのだと思う。でもその様な機械と技術がこの辺りにあるのだろうか。
シバラヤからカラパタールまで小さな村を歩き抜けてきたが、その様な道具や機械がある雰囲気はどこの村でも感じられなかった。だいたい、機械とか電動工具とか、その様な物がこの辺りにあると言うイメージが持てないし、この辺りの人がろくろを使い木工をしているという姿を想像してもぴんとこない。
通りで大きな木材を切っているのを一度見かけたが、4,5人で巨大なノコギリを使い切っていた。周りには見物客が4,5人いた。ここいらのモノづくりと言えばそう言った印象だ。

例えば、この木のツボをここいらで作っていないとすれば、どこか別のところで作っているものをルクラに運び込んできたのだろうか。大量生産されている安物だろうか。いや、どこか別の所で作っているとしても大量生産は難しいだろう。一つ一つ木の大きさに合わせてツボの形を形成しているし、中身もくり抜いてしかもフタまでつけているのだ。そう簡単にポンポンと作れるものではない。手間もかかるし材料費もかかる。なので大量生産の安物とは考えられない。

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木のツボについて考える

ルクラで購入した木のツボ

では、どこで作られて、そしてこのツボにはどれくらいの価値があるのだろうか。

彼の言うことが全て嘘だったとしたら、と考えてみる。
店のスミの、一目につきづらい場所にさり気なくツボを置いておく。そしてあえて値段は付けない。気になって値段を聞くと「基本的には売り物ではない」という。それを聞くとついつい良い物だと思い込み欲しくなる。
そしてここでしか買えないという限定感。ネパールのルクラ、標高3,400メートルでしか手に入らないツボ。しかもこの大きなサイズは生産を中止したと言う。ここで逃したら買えそうもない。5,500ルピー。買えない値段ではない。

こうやって考え始めてしまうと、完全に自分がだまされた気分になってしまう。ツボだけに。まあでも、たとえ下界から持ってきた安いツボだったとしても、1,000ルピーで買うのは難しいだろう。日本で売っていたら1万円円出しても買えないのは間違いない。それくらいのモノの良さはある。でも気になるから帰ってからネットで検索してみようか。

と、考えてたら眠れなかった。

それにしても、僕は日本人を恐ろしいほど信用しているということに気がついた。例えば彼女が他のアジア人であったならば、僕はあのお土産屋でそこまでお金を使えなかっただろう。彼女の人柄が良かったこともあるが、やはり背景に日本人ブランドがあったからこそそこまでお金を使えたのだ。彼女が日本人だから言うことを信じていたし、というかむしろ「疑う」という気持ちはこれっぽっちも浮かんでこなかった。彼女の言うことは100%僕の頭の中に真実として入ってきていた。だからショールもその他のお土産もどんどん買った。宿に戻り買ったものを見て、ふと「そう言えば何も考えてなかったな」と気づいたのだ。

思い出してみると、その昔訪れたタイで「日本人にタイ語を教えている」と言う、日本語を話すタイ人のおばさんにだまされた。日本人とか、日本語を流暢に話したりとか、そんな人の言葉を僕は簡単に鵜呑みしてしまうのだ。

ルクラのおみやげ屋を信用していない訳ではない。店の商品にも魅力的な物が多く値段も手ごろだったし、日本人のおねえさんも、そしてネパール人の旦那さんもすごく親切で素敵だった。僕の要望を快く聞いてくれた。出来るならまた会って色々と話したいくらいなのだ。ただ、僕は日本人の言葉を信用し過ぎているな、と思う。

シタエアー(シーターエアー)でカトマンズへ

ネパール ルクラの空港

5時に起き、5時半過ぎに空港へ向かった。
寒い。6時前ではあるが、空港へ続くメインストリートには店の前を掃いたり土産物を陳列する人の姿があった。朝にものを並べ夜にしまう。それの繰り返し。投釣りの様な人生だ。悪くないと思う。
空港へは僕の宿から歩いて5分ほど。空港から一番離れている宿だとしても、15分もあればじゅうぶんだろう。

早く空港に行き過ぎると入れない可能性もあったが、空港の中に入ることはできた。けれど電気が点いておらず中は暗い。同じ様に早く来すぎた2,3人の人と会話をしながら、何かが起こるのを待った。
そのうちに旅行者や大量の荷物をもったポーターが現れると空港内は騒々しくなった。みながチェックインカウンターがある場所に移動したので僕もそれについて行った。

そこには各航空会社の、極めて小さなチェックインカウンターがいくつかあり、僕は「Sita Air」と書いてあるカウンターの前で待機した。しばらくすると航空会社の人がやってきて、慌ただしくチェックイン作業が始まった。チケットを見せボーディングパスをもらい、隣りのハカリでザックの重さを量りタグを付け、引換券を受け取った。

次にザックの中身のチェック。
カウンターのすぐ近くにザックを預ける場所があるが、そこには2人の係員がいてかなり本格的に荷の中身を検査している。ザックを預けずしばらくその様子を観察する。すると、一人はしゃかりきに荷の中身を探り何かを見つけては床に放り投げている。もう1人はマイペースに、どちらかと言うとやる気なさそうに調べている、と言うことがわかった。
ツボの中身を調べられると面倒なので、僕はマイペースにやっている方に荷物を渡した。しかし予想を裏切って「オープン」と言われたが、僕がめんどくさそうにモタモタとやっていると「ガスカートリッジはないか?」と聞かれ、「ない」と答えるとそれだけで終わった。ザックを開けすらしなかった。
杖やほうきをどこで手に入れたとか聞かれるのも面倒だったし、木のツボの中にギュウギュウにつめた細かい荷物を取り出すのも面倒だったので助かった。
(ここでジョンは、ザックから高級な十徳ナイフとアルミのドリンクボトルを没収されたようだ。知らない間に。)

続いて所持品検査。検査員2人に簡単なボディーチェックと手荷物を調べられた。
ここではライター2つとタバコ(2本しか入っていない)を没収された。たばこは関係ないじゃんかーと思ったが、何というか、どちらかと言うと「くすねる」という係員の仕草だったので諦めた。その仕草を見て、もっとタバコが入っていたら彼らを喜ばせてあげられたのに、とすら思った。仕事終わりに、うまそうに一服してる2人の顔が思い浮かんだ。

ルクラの空港の待合室
飛行機の到着を待つ人

小さな待合室に入ると、ここから搭乗まではどんな流れだろうか、と不安になった。街の空港ではないので電光掲示板もない。でも簡単だった。
飛行機が大きな音をたてて飛んでくると目の前の滑走路に着陸する。飛行機のボディーに書いてある社名を確認すると「テラエアー」とあり、僕の「シタエアー」ではない。
そしてそのうちにシタエアーも飛んでくる。搭乗口のあたりに行ってみると、ヒゲの係員が「シタエアー2!」と叫んでいる。試しに僕の持っているパスを見せてみると「ノー」と彼は言った。そりゃそうだろう。僕のチケットには「1」というスタンプが押してあるのだ。
そしてすぐにもう1機のシタエアーが飛んできて滑走路に着陸した。再びヒゲの係員に注目していると、「シタエアー1!」と彼は叫んだ。これだ。
そして僕はボーディングバスを見せ、無事に飛行機に乗ることができた。

窮屈ではないが機内は本当に狭くて驚いた。小型の爆撃機の様なサイズだと思った。それでも一応スッチーらしき人は同乗しており我々にアメ玉を振る舞った。でも彼女がそれ以外の仕事をしているのをついに見なかった。彼女の存在は本当に必要なのだろうかと思ったが、僕の気分でも悪くなれば介抱してくれるのかも知れない。

ルクラからの飛行機内

空の旅はあっという間で、僕が数日かけて越えてきた山々や、ぎゅうぎゅう詰めのバスで駆け抜けた道が、容赦なく一瞬で過ぎ去って行った。久々の道路と車の存在が不思議に思った。

空には雲が多く、陽を背中に受けた飛行機の影が雲に写った。その周りには日輪が見えた。飛行機のブロッケンだった。白い雪をかぶったヒマラヤの山々は、飛行機から見る方が大きく感じた。エベレストはないかと探してみた。

約20日間の山の旅が終わる。

ルクラからの飛行機の景色

カトマンズの空港に着くとバスに乗り出口へ向かう。面倒は手続きはない。
ザックを取り歩いていると、タクシーの運ちゃんが「タメルまで700ルピー」と声をかけてくる。500と僕は言う。すると700だと彼は言い返す。じゃあ他を探すよ、と言うと彼は500ルピーで妥協した。ネパールに来て20間以上経ち、苦手な交渉にも少しは慣れたのかもしれない、と思った。

久々のカトマンズは山の中と変わらない気がした。ヤクやロバの様に、車やバイクが好き勝手に道路を走っている様に感じる。深い山から街に下りてきても特別な驚きはないだろう。動物の代わりに車やバイクが走っているだけなんだ。

カトマンズのカフェで朝食

タメルに着くとノースフィールドカフェで朝食を食べ、トレッキング前に宿泊していた「インペリアルゲストハウス」に戻った。約20日ぶりだ。相変わらず笑顔の素敵なスタッフ達で嬉しくなる。そしてほとんど表情を変えることのない学者の様なオーナーのじいさんも、この時ばかりは少し微笑んでくれた。
チェックインまではまだ時間がある。フロントのソファーに座りながら、そんな働く彼らの様子を見ながら、旅を思い出しながら日記を書いている。