初心者のための登山とキャンプ入門

赤石岳登山 中岳避難小屋から悪沢岳ピストン、そして赤石岳へ。南アルプス縦走③

赤石岳の山頂と赤石岳避難小屋

2012年9月の15日から5泊6日で南アルプスは塩見岳から聖岳まで縦走しました。3日目の荒川岳から赤石岳への縦走は雨と強風でなかなか寒い思いをしましたが、宿泊した赤石岳避難小屋の管理人さんやスタッフの方は温かく、寒さも吹き飛ぶ素敵な登山となりました。 このページでは荒川岳から赤石岳の登山コースや参考タイム、また水場の情報や宿泊した赤石岳避難小屋も紹介しています。

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赤石岳登山の情報

赤石岳登山の地図

赤色の線が赤石岳に登った縦走3日目のルートです。
青色は前日、グリーンは翌々日のルートです。(赤石岳で1日停滞しました)

  • 所在地:静岡県静岡市葵区、長野県下伊那郡大鹿村
  • 山域:南アルプス
  • 標高:3120m
  • 百名山No:84

赤石岳登山の概要

標高差や距離はカシミール3Dというアプリケーションを使って計算しています。また記載している数字はおおよそのものです。

日付 2012年9月17日(月)、18日(火) ※18日は赤石岳避難小屋で停滞
登山コース 中岳避難小屋 - 悪沢岳 - 中岳避難小屋 - 荒川小屋 - 大聖寺平 - 小赤石岳の肩 - 赤石岳 - 赤石岳避難小屋
距離・累積標高 中岳避難小屋 ⇔ 荒川東岳(悪沢岳):3km (+、 - 389m)
中岳避難小屋 → 赤石岳避難小屋:5.3km (+ 596m、 - 566m)
宿泊場所 赤石岳避難小屋
水場 荒川小屋。中岳避難小屋、赤石岳避難小屋で購入可能。
トイレ 中岳避難小屋、荒川小屋、赤石岳避難小屋

中岳避難小屋 ⇔ 悪沢岳ピストンの参考タイム (山と高原地図より)

中岳避難小屋 0:00
コル 0:30
荒川東岳(悪沢岳) 1:30
コル 2:05
中岳避難小屋 2:45

中岳避難小屋 → 赤石岳避難小屋の参考タイム (山と高原地図より)

中岳避難小屋 0:00
荒川小屋 1:10
大聖寺平 1:50
小赤石岳の肩 2:50
赤石岳 3:45
赤石岳避難小屋 3:46

山小屋料金(宿泊費、食事、水、トイレなど)

中岳避難小屋

中岳避難小屋
  • 営業期間:7/16 ~ 9/30(営業期間外は冬期避難小屋として無料開放)
  • 宿泊料金:素泊まり寝具付き、5000円、素泊まり寝具なし4500円
  • 軽食(レトルト、カップ麺)、飲料販売有り
  • トイレ有

荒川小屋

荒川小屋の昼食のメニュー
  • 営業期間:7/14 ~ 10/8
  • 宿泊料金:1泊2食寝具つき8000円 / 素泊まり寝具なし4500円 / 寝具500円
  • テント場代:一人600円
  • お弁当:1000円
  • 昼食:カレー、麺類などあり
  • 水場有り
  • トイレ有

赤石岳避難小屋

赤石岳避難小屋
  • 営業期間:7/16 ~ 9/30(営業期間外は冬期避難小屋として無料開放)
  • 宿泊料金:素泊まり寝具付き、5000円、素泊まり寝具なし4500円
  • 軽食(レトルト、カップ麺)、飲料販売有り
  • トイレ有

赤石岳登山の参考地図・資料

山と高原地図 塩見・赤石・聖岳 2016
日本百名山登山ガイド・下

赤石岳、静岡市、伊那市のお天気

リンク

赤石岳登山日記 -南アルプス縦走③-

荒川小屋へ。コンデジ壊れる。

9月17日月曜日、午前中。
悪沢岳に登ってしまうとさっさと中岳避難小屋に戻った。ひどくずぶ濡れだっだので小屋に入っていいものか迷っていると、管理人さんが「どうぞそのまま入って下さい」と言ってくれた。

暗い小屋に入るとザックを下ろし、カメラや食料などのデポさせてもらっていた荷物をまとめた。せっかくの一眼レフだけど、こんな天気だから撮影は諦めてレンズを外し、防水バッグの中にしまった。

そう、僕はこれから赤石岳に向かう事にした。早朝は下山か進むかで迷っていたけど、悪沢岳に戻ってくる間に進むと決めた。決めたというか、結果として行く事になった。と言うのも、これから再び悪沢岳に登って二軒小屋に下山するのも面倒だし、こんなにずぶ濡れになったのに停滞するのも馬鹿らしい。どうせ濡れたんならもっと濡れよう、というのが最終的な答えとして残っただけだった。

中岳避難小屋でもう一泊して天気の様子を伺うと言う案も捨てがたかった。人もいなくて静かで居心地がいいし、管理人さんも面白くてもっと話したい。頂いた温かいお茶をすすりながら管理人さんと話している間、そんな事をぼんやりと考えていた。そのうち腰も重たくなって上がらなくなり、ついつい長居してしまった。

しかし体が冷えてしまうと行かざるを得なくなり、管理人さんに挨拶をすると中岳避難小屋をあとにした。次に会えるのはいつになるだろうか、もう一度会えるだろうか、と心を残して。

昨日歩いてきた道を戻り中岳の山頂を越える。そしてそこから少し下れば荒川岳への分岐に到着した。

分岐を写真におさめようと、カッパのポケットから予備で持ってきたコンパクトカメラを取り出して電源を押す。するとカメラはうんとも、そしてすんとも言わなかった。カメラが壊れたようだ。リコーのGR Digital II。カメラは雨の中でももう少しねばるもんだと思い込んでいたけど、全くそんな事はないようだ。
雨中の悪沢岳ピストン、その2時間足らずでカメラは溺死した。彼に見向きもせずニコンちゃんを可愛がりすぎた過ぎたせいだろうか。生命力がなくなっていたのだろうか。ごめんよ。来世はもっと素敵な主人に所有されるといいな。

分岐を南に折れると急登をジグザグに下った。世界はわずかな部分を残し、相変わらず真っ白だった。雨も相変わらず降っている。
下山だ。もう下山しかないだろう。真っ白だし、雨で一眼レフは使えない。予備で持ってきたデジカメも壊れた。万策尽きた。写真を撮って日記を書いている僕には、この状況は少し厳しすぎる。残念だけれど晴れた日にまた来よう。今日は赤石岳避難小屋に泊まって、明日は椹島に下りよう。

そんな事を考えながらトボトボと急登を下っていた。すると突然、突風が谷底から突き上げ辺りのガスを蹴散らした。上空には青空が見え雲間からは光が差し込んできた。
光に照らされた荒川岳の斜面のグリーンはとても美しかった。昨日見た北側の斜面も美しかったけど、南側の斜面も美しい。
僕はそれを見て携帯電話がある事を思い出した。そうだ、まだケータイがある。ケータイを使って写真が撮れる。充電池もある。しばらくケータイでねばれば、そのうち晴れの日はやってくるかもしれない。

ケータイをザックから取リ出し写真を何枚か撮ると、すぐに雲は青空を隠し、そして辺りはもとのように色を失った。ほんの短い間の青空だった。でも、少しの間でも素晴らしい景色を楽しむことができて良かった。
また来よう。晴れていたらもっと素晴らしい景色を楽しめるに違いない。

荒川岳の斜面
一瞬見えた青空と荒川岳の斜面

写真を撮り終わると携帯はジップロックに入れた。でもそれだけだと濡れたままになってしまうので、速乾性のタオルもその中に一緒に入れた。万が一の事や下山後の事を考えると、ケータイだけは絶対に死守しなければならない。そう、カメラもこうやって守るべきだった。

多少気分も晴れ足取りも軽くなった。
そのまましばらく下ると防鹿柵の入り口をくぐった。この辺りは防鹿柵が設置してあり、鹿の食害からお花畑を守っているようだ。それにしても超巨大な防鹿柵だ。荒川岳の急な斜面に柵が延々と続いている。これを作った人はえらいなあと感心した。大変だったことだろう。
その後、登山道は長いジグザグになって下っているから、防鹿柵から出たり入ったりをした。柵には扉がついているから、その出たり入ったりする作業が面白かった。写真を撮り忘れたのがすごく残念だ。

防鹿柵の終点を見届けると遠くに赤い屋根の建物が見えた。そしてしばらくトラバースの道を行くとその建物に到着。荒川小屋だ。8時50分。

荒川小屋

「豪華ランチ」と荒川カレー

荒川小屋の玄関ではカッパを着た4、5名の登山者が座り、ストーブで暖を取っていた。みな髪が濡れ頬が赤い。きっと雨の中寒い登山をしてきたんだろう。でも少し幸せそうな顔にも見える。ひと時のぬくもりに喜びを感じているのかもしれない。山小屋とはありがたいものだ。

ザックを下ろし、食事を頂きたいと受付の男性にいうと「中で食べられますか?」と聞かれた。中で食べるとはどういうことだろうか?と思ったが、彼の目線の先には食堂ののれんが垂れ下がっていた。もちろん、外は寒いので中で食べる。
カッパを玄関に干すと食堂に入った。

荒川小屋の食堂はこじんまりとしていたがとても綺麗だった。壁には手書きのメニューがかかっており、”荒川カレー、ラーメン、そば、うどん”、と温かいメニューが豊富で心が踊った。しかし、どこを探しても「豪華な昼食」らしきメニューは見つからなかった。「豪華な昼食」は本当にあるのだろうか。

そう、なぜ僕が「豪華な昼食」を探しているかと言うと、姉が作ってくれた登山の予定表に、” 荒川小屋。豪華昼食チャンス! ” と書かれていたからだ。しかも姉は登山前に「山小屋で刺身が食べられるらしい」的な発言をしていた。なので僕はそんな感じのメニューがあるのかも知れないと期待していた。昨日からずっと。
しかし一方では疑っていた。こんな山中で刺身が食べられるわけがないだろうと。しかし予定表には「豪華昼食チャンス」と書かれている。…隠れメニューだろうか。

思い切って山小屋のスタッフに尋ねてみようとも思ったが、やっぱりメニューにないメニューがあるわけがない。尋ねて変な顔をされるのも嫌だったので「荒川カレー」にしようと決めた。 でも好奇心から「豪華な昼食が食べれるって聞いたんですが。。。」とついつい聞いてしまった。

すると彼は「何年前の話しですか?」と、やっぱり変な顔をした。焦った僕はそれについて話しを広げず、いや、なんでもないんですと話しを切り、そして荒川カレーを注文した。

姉のやつめ。赤っ恥をかいたじゃないか。帰ったら文句を言おう。
それにしても、豪華な昼食はどこに行ったのだろうか。終了したのだろうか、姉が見たネットの情報が間違っていたのだろうか。

(下山後に姉と話してわかった事だけど、姉が言っていた刺身の話は、「茶臼小屋」の事だった。そして小屋で作ってくれるお弁当のおにぎりなどではなく、カレーやラーメンなどの小屋での昼食を「豪華な昼食」と表現したらしい。)

荒川小屋の食堂の様子

そんな事を考えていると、玄関で休んでいる登山者にカレーが運ばれた。なるほど、先ほどスタッフが「中で食べられますか?」と尋ねたのはこう言う事だったのだ。急いでいる人や雨の日なんかは、面倒で靴を脱がずに食べて行く人もいるのかも知れない。
その後玄関からはスプーンが食器に擦れる「カチャカチャ」という心温まる音がした。そして「うまいうまい、元気になるなあ~」と幸せそうな声も聞こえた。

はやく食べたいなあ、としびれが切れそうな頃、僕の机にも荒川カレーが届けられた。荒川を冠したカレー。見たところ手作りの様だ。喉の奥がゴクッと鳴った。

荒川カレー

うまい!それもかなりうまい!下界の美味しいカレー屋さんで出されても納得するんじゃないだろうか。スパイシーで、というかまあスパイシーじゃないカレーと言う物を食べた事がないんだけれど、香りがとても良い。カレーの中につぶつぶのものが入っているので、何かをすりおろしてカレーの中に入れているのかも知れない。多分、ニンニクの細かくしているものは入っているだろうと思う。だからすごく元気の出る味で、食べているうちに体も暖かくなってきた。
ただ量が少ないかな、と思ったのはある。いや、僕の腹が減りすぎてしたのかも知れない。少なくともあと2杯は食べたかった。それくらい、美味しかった。

そんなわけで暖もとれたし荒川カレーにも魅せられたし、しまいにはスタッフのおねーちゃんも可愛いかったのでここで一泊してしまおうか、なんて思った。けどここで休むと先がしんどい。なので諦めて、2000円の「悪沢岳」と胸に大きく書かれているTシャツを買うに留め、先に行く事にした。北尾くんへのお土産にしよう。そして出発。9時30分。

大聖寺平を通り赤石岳へ。強風。

荒川小屋からは少しの間急登があったが、それが終わると歩きやすいトラバース道が続いた。背の高い木がなく見晴らしがいい。時折、強風でガスが吹き飛ぶと色とりどりの森林限界の斜面を楽しむ事ができた。沢も深くて見応えがあった。雨も止み少しの間気分のいい山歩きを楽しめた。晴れたら本当に気持ち良さそうな場所だ。

10時10分には大きなケルンと標柱のある、「大聖寺平」と言う名の場所に着いた。のっぺりとした場所。濃いガスの時は怖そうな場所だなあと思ったから、これだけ目立つケルンがあるとありがたい。ここから小赤石岳、赤石岳と登りが続く。今日最後のがんばりどころだ。

大聖寺平
大聖寺平のケルン

赤石岳方面へゆったりとした道を登り始めると、ものすごく強い風が吹き始めた。今日一日悪天候だったけれど、その中でも一番強い風だ。それも突風なんかじゃなく、強風がひたすら体にぶつかってくる。ここは風が抜ける場所なんだろう。休憩なんかできないだろうから、ゆっくりと体を動かし続けながら登ろうと思った。

登れば登るほど風はその強さを増した。よろける事も何度かあったし、風に体を持っていかれて危ないと思った事もあった。しまいには向かい風で体が前に出なくなり参った。本当に強い風だ。歩く速度で体温を調節しながら登っているからいいけど、例えばこれで渋滞とかにハマったら体は長く持たないだろうと思う。そして雨が降っていなくて本当に良かった。

そこから風はさらに強くなった。試しに小石を空に真っ直ぐ投げてみると、風に押されて少し飛んでいった。 人の声が聞こえた気がして振り向いた。先ほどからずっと「ピーポーピーポー」とサイレンの音が聞こえる気がする。気がついたら僕は病院のベッドの上なのだろうか。しかし、登れど見えるものは変わらなかった。相変わらず岩と草とハイマツのぼやけた世界だ。寒い。

パラグライダーが欲しいと思った。この斜面を駆け上がる強風にのれば、どれほど楽に山頂に行けるだろうか。でもきっと、うまく山頂に着陸できずに、そのまま空を漕ぎどこかに飛んで行ってしまうのだろうな。どこへ行くのだろうか。天国だろうか。いや、ジョンレノンに言わせれば天国も地獄もないようだ。

思ったよりも小赤石岳までの登りが長くて不安にもなった。もちろん僕の前を往く人も、後を歩く人もいない。ただただ目の前にひたすら伸びる道と、岩につけられた目印を目指して登るしかない。それだけが僕の存在理由だったし、唯一できることだった。

大聖寺平から赤石岳への登山道
こんな景色の中を長々と歩いた

標高が3000メートルくらいになると急登は終わり、稜線歩きが始まった。そしてまた雨が降り始めた。小赤石岳の肩に辿り着いたのだろうか。風は相変わらず休む事を知らなかった。このまま吹いて吹いて吹きまくって、空の雲を全て吹き飛ばしてしまえばいいのに。

11時25分。小赤石岳の山頂に到着。そこからしばらく下り椹島への分岐にぶつかると、目の前に大きな山が現れた。ここから赤石岳の最後の登りだ。

ふと後を振り返ると、僕の方にやってくる登山者がいた。ペースはなかなか早そうだ。それを見ると僕は急いで登りはじめた。抜かれたくない。僕は縦走をはじめてからまだ他の登山者に抜かれていない。というか、僕と同じ方向に向かって歩いている登山者すらいなかった。というか、今日一日でがんばった瞬間がなかったから、ついつい何かやってみたくなった。それにさっきまでの登りが最高に地味だったから、何か派手な事をやってみたくなった。赤石岳を目の前にして体力もじゅうぶんに残っていた。要は暇だった。

そう言うわけで、僕はうんしょうんしょと汗をかいて登った。カーブを曲がる時にはさり気なく背後の様子をうかがった。

そして11時55分。赤石岳の山頂に到着した。
相変わらず真っ白な山頂だ。今朝の悪沢岳に続き赤石岳もか。今回の縦走でこれが3つ目の百名山だけれど、そのうち2つがこんな天気。とても残念だ。
そして後を振り返っても彼はまだ見えない。僕はどうやら逃げ切ったようだ。やったぜ、と虚しい一人遊びも終わってしまうと、僕はトボトボと道を進んだ。
するとすぐ、ガスの中から赤石岳避難小屋は浮かび上がってきた。今夜宿泊するところだ。

赤石岳山頂の様子
赤石岳の山頂の様子
赤石岳、椹島の携帯電話の電波状況
標柱の裏には携帯の電波状況。僕はauを使っているが、電波は拾うけど発信はできなかった。

赤石岳避難小屋

最初、赤石岳避難小屋は不気味に見えた。小屋の前の赤い岩山には神社の鳥居が立ち、そしてその周りには大きな石が墓の様に立ち並んでいた。ガスの演出効果もあっただろう。おどろおどろしい雰囲気を作り出していた。いったい赤石岳避難小屋とはどんなところだろうか、とチキンの僕は震えた。

赤石岳避難小屋前の神社
赤石岳避難小屋裏の神社

しかし小屋の入り口を見てみると、そのおどろおどろしさとは反対に、ものすごくキャッチーで面食らった。小屋のショーウィンドウ?には可愛らしいペルーの帽子やお人形なんかも展示してあったし、商品を紹介するポップみたいなものは色鮮やかな文字で可愛らしく書かれている。この小屋では女性が働いているのかも知れない。良かった。明るそうな雰囲気だし楽しく過ごせそうだ、と思った。

しかしショーウィンドウの上の方を見ると、「山が好き 酒が好き」と言う文字が、バンダナをしたヒゲおやじの似顔絵と共に書かれていた。僕は夜な夜なウイスキーを飲んではいるが、あまり酒が得意ではない。「もっと飲め若造」とからまれたらどうしよう。小屋のドアを開けたら、一升瓶を抱えた泉谷しげるみたいな管理人が出てきそうで怖かった。気を落ち着かせるため小屋の裏手に周り、一服をした。

赤石岳避難小屋の入り口

心を決めて小屋の中に入る。土間にある椅子ではカッパを着たびしょ濡れの登山客(僕がさっき逃げ切った人)と女性のスタッフさんが楽しそうに話している。内容は、カッパの彼が小赤石岳付近で迷った、というものだった。

物販スペースには色々な物が売られていた。小屋のオリジナルの手ぬぐいからアンデス系のグッズ、ピンバッジ、それとドリップコーヒーも飲める様だ。中岳避難小屋の様な簡素なところを想像していたから、この賑やかな雰囲気は意外だった。

僕も腰を落ち着けると、ストーブにあたりながら彼らの会話を聞いていた。スタッフさんは笑顔で聞いていたし、カッパの彼も楽しそうに迷子になった話しをしていた。僕はその様子を見てぜひここに泊まりたいと思った。土間にはオレンジ色の優しい灯りが点っていたし、ストーブの上のヤカンからはお湯の沸く暖かい音がした。僕はすぐにこの雰囲気を好きになった。

赤石岳避難小屋の玄関の様子
赤石岳避難小屋の土間の様子

土間にカッパを干すと、靴を脱ぎ奥の部屋に入った。
まず驚いたのはコタツがある事だった。そしてそのコタツに、ヒゲの大男が寝転がっていることに更に驚いた。彼がどうやら管理人の様だ。
恐る恐る、「あの、今日宿泊したいんですが。。。」と声をかけると、「そうかそうか、泊まっていくかー。ちょっと待ってなー。」なんて言いながら彼はのそっと起き上がり、宿泊者カードを取り僕に手渡した。

宿泊者カードを書きながら「夜ご飯もお願いします」と彼に言うと「うん」と彼は言った。すると「めし食った?」と彼が尋ねたので、「行動食をいっぱい食べています」と答えた。「よし、朝は?」と聞かれ「パンを食べました」と答えた。「よし、昼は?」と聞かれ、「荒川小屋でカレーを食べました」と答えた。すると彼は「よーし。」と言った。
この会話だけで僕は彼に心を掴まれた。なんて事のない、今日僕がどんなメシを食ったか、という内容の会話だけれど、彼の声や表情を見ているととても暖かみがある人だなあと感じた。小さい頃に見た親父の様な、なんとも言えない安心感の様なものを感じた。

受付を済ますと彼は僕を2階に案内してくれ、そして寝床を用意してくれた。寒かったら毛布を何枚でも使っていいよ、と言ってくれ嬉しかった。
僕は簡単に身づくろいを済ますと、必要なものだけを持ち階下に下りた。暖かいコタツもあるのでそこで日記を書く事にした。

赤石岳避難小屋の寝床の様子

迷惑かな、と思いつつもコタツの良い席で今日の日記を書いた。悪沢岳での雨のこと、荒川小屋のカレーのこと、大聖寺平からの風に参ったこと、カメラのこと。日記を書きながら、管理人のオヤジさん(エノキダさん)と写真の話しをしたり、スタッフの女性の人(チエコさん)も混ざって僕の仕事の話しなんかもした。
しばらくすると合計4名ほどの宿泊者が訪れた。そのうちの一人は荒川小屋で少し会話をした人だったので、彼女もコタツに入って色々な話しをした。僕はそんな会話に混じりながらも日記をせこせこと書き続けた。

赤石岳避難小屋の居間の様子

15時近くになると窓から明るい光が差し込み、青空が見える事もあった。僕はここぞとばかりにカメラを持ち、外に飛び出て写真を数枚撮った。
久々の青空で気持ちが良い。赤石岳の山頂も綺麗に見えたし、ダイナミックな雲の動きは僕が3000メートルの赤石岳の山頂にいることを教えてくれた。しかし雲はすぐに赤石岳を包み込み、またいつも通りの白い世界に戻った。そして僕もすぐ小屋の中に戻った。

赤石岳避難小屋から見る赤石岳の山頂
赤石岳避難小屋から見る赤石岳の山頂。近い。

16時前にはエノキダさんと宿泊者のみんなと表に出た。エノキダさんの話によると、この時間帯に神社の裏手から巨大なブロッケンが見られるらしい。そこにはベンチとテーブルがあり、ビールを飲みながらブロッケンが見られる最高のポイントと言っていた。しかも小屋から歩いてすぐだ。

結局僕らは完璧な大きなブロッケンを見ることはできなかったけれど、ノーマルサイズのブロッケンは少しの間見ることができた。ブロッケンが見たい人はぜひこの赤岳避難小屋に泊まったらいいと思う。

赤石岳から見るブロッケン
パソコンのモニターにもよりますが、うっすらと巨大な輪っかが見えます。
完全なブロッケンまでもうひと息でした。

17時は夕食の時間。僕以外の宿泊者も夕食をお願いしたようで、みんなで仲良くレトルトごはんを食べた。管理人のチエコさんが大盛りかどうかを尋ねてくれたのがとても嬉しかった。もちろん僕は大盛りをお願いし、そしてお腹いっぱいになった。僕が最後の中華丼を選んでしまい、残りのみんなは強制的にカレーになった。

赤石岳避難小屋の夕食、中華丼

チエコさんによるハーモニカの演奏、エノキダさんのトーク

食後はチエコさんがハーモニカの演奏をプレゼントしてくれた。

一曲目はたしか、「シェナンドー川」という名の歌だったと思う。初めて聴く曲だったけど、チエコさんの奏でるハーモニカからは涙が出るのをこらえなければならないほど、悲しい音がした。なるべく曲に集中し過ぎない様、無理やり難しい事を考えた。気を抜いたら大泣きしてしまいそうな、それほど悲しい音だった。引き込まれる演奏だった。僕以外の人も涙を拭っていた。

ハーモニカの演奏を生で聴くのは初めてだったけれど、こんな音がするだなんて思わなかった。演奏の後「泣きそうでしたよ」、とチエコさんに伝えると「この環境も手伝ってくれたから」とチエコさんは言った。確かにそれもあるだろう。曲の良さもあるだろう。でもやっぱりチエコさんの演奏が素晴らしかったんだと思う。こんなにも心が震える演奏は本当に久しぶりに聞いた。(僕は下山後、早速ハーモニカを買った。いつかチエコさんの様に演奏できるようになりたい。そして山で、みんなに聞かせられる事ができたらどんなに幸せだろう。)

シェナンドー川の演奏が終わると、 彼女は美空ひばりの曲や「雪山に消えたあいつ」、そして最後に「二軒小屋の歌」を演奏してくれた。二軒小屋の歌では彼女のハーモニカの演奏にあわせ皆で歌った。とても素敵なメロディーで、赤石岳を離れた後もずっと頭の中に残っていた。

赤石岳避難小屋のちエコさんがハーモニカの演奏をプレゼントしてくれた

残念ながら彼女の演奏は4曲で終わってしまったけれど、その後はエノキダさんの楽しいお話しが待っていた。

まず彼は南アルプスの紅葉の素晴らしさを教えてくれた。南アルプスと北アルプスとの紅葉の違いをボードに書き説明してくれ、また椹島から二軒小屋間の林道で素晴らしい紅葉が見れると教えてくれた。二軒小屋の奥は更に素晴らしいようだ。 観光客も少なく、一生に一度は見るべきだとも言った。

赤石岳避難小屋のエノキダさんによる紅葉の解説
南アルプスと北アルプスとの紅葉の違いを説明してくれるエノキダさん。

その後彼は「山で彼女が確実に作れる方法」を僕に伝授してくれた。これは本当に面白くて笑った。あまりにも面白かったからここで長々と書きたいのだけれど、これは彼が50年かけて導き出した秘伝の技だから、もったいなくてここには書けない。この技をみんながやってしまったら、山はライバルだらけになってしまう事だろう。知りたい方はぜひエノキダさんの教えを乞うて下さい。そして、ぜひ今度実践してみようと思う。

それ以外には空や星や花の話し、バードコールを使った鳥との会話の方法など、全てが興味深く、そして面白おかしく話してくれた。エノキダさんの話は本当に楽しい。山の知識が豊富だから聞いているといちいち感心してしまうし、知らず知らず聞き入ってしまう様な話し方をするのだ。さすが山のガイドを長いことやっていただけあるなあと思った。客としてエノキダさんにガイドしてもらいたいと思ったほどだ。風邪だから控えていたウイスキーにもついつい手が伸びてしまった。

赤石岳避難小屋の様子

21時前になると、そろそろと言う雰囲気になりみな腰を上げ寝支度を整え始めた。僕はもう少しエノキダさんの話しを聞きたかったけれど、こればかりは山だからしょうがない。

2階に上がると、僕は毛布をもう一枚足して布団に潜った。外は相変わらず天気が悪いようだ。強い風が小屋にぶつかりゴウゴウと唸っている。明日はどうしようか。中岳避難小屋でも思ったけど、ここでもう一泊してもいいなあ。

本当に素敵な夜だった。久々に人の温かさに触れすごく幸せな気分で1日を過ごすことができた。
ふと感じたのだけど、この感覚は旅先のゲストハウスの夜に似ている様な気がする。昔沖縄を旅した時の懐かしい感じ。まあ、山小屋もゲストハウスみたいなもんだけれど、そんな感覚は無かったから意外に思った。きっと赤石岳避難小屋が小さくて宿泊者も少なかったからこんな雰囲気で過ごせたんだろうと思う。大きな山小屋で宿泊者も多かったら、こんなにゆっくりとお話しを聞くこともできなかっただろうな、と思った。

それと、山の素晴らしさを知った1日でもあった。彼らと話していると、山が今以上に色彩を帯びて素敵なものになった。テーマパークみたいに、素敵なものに満ちたキラキラとした場所に思えてきた。空や雲や星、そして植物と動物、山は素敵なもので溢れている。もっと勉強したいなあと思った。
そして山小屋に対しても考え方が変わった。もちろん赤石岳避難小屋は、避難小屋と言う特殊なジャンルだけれど、山小屋に泊まることで沢山のことを知り得る事ができた。自分では想像していなかった新しい世界が広がった。今まではテント主体の登山だったけれど、これからは積極的に山小屋を活用していきたいと思った。

おやすみなさい。

9月18日木曜日、赤石岳避難小屋で停滞。

5時30分に起きた。周りを見渡すと闇の中でいくつかの灯りが動いていた。皆布団を畳んだり出発の準備をしている様だった。

外にでてみると相変わらずの空でガックシきた。濃いガスと強い雨のコンビネーションで、とてもじゃないけど外に出る天気じゃない。仕事だってこんな天気じゃずる休みするかも知れない。いや、僕はするだろう。ということで休む事にした。停滞だ。光岳まで無事に登山を終え北尾くんと合流したかったけれど、こんな天気で登山をし続けるのももったいない。もちろん、風邪を回復したいとかその他細々とした理由の総合で停滞を決定した。

それからの時間はゆっくりと過ぎ、そして覚えていない。

100円でスティックカフェオレを購入し、持ってきたコモパンと一緒に食べた。
昨日宿泊した登山者全員を見送ると、エノキダさんお勧めの鳥や花の本をコタツで読んだ。隣で寝転がっているエノキダさんからぐーぐーと言う音が聞こえる。そして僕も寝た。
目を覚ますとチエコさんがパンとコーヒーを入れてくれた。それを頂きながら本の続きを読んだ。そしてまた寝た。

そんな感じで午前を過ごして、昼ごはんは持ってきたラーメンを作って食べた。

午後には少しの間空が晴れ、赤石岳の山頂をブラブラと楽しんだ。久々の青空、そして豪快な雲の姿が見事で思わず「すげえ」と声が出た。強い風が迫力のある風景を作り出していた。今まで見たことのない素敵な空だった。富士山も見られたし雷鳥カップルも遊んでいた。そしてなんて言ったって、赤石岳から青空を眺めることができて本当に嬉しい。昨日の悪沢岳の山頂は雨とガスで楽しめなかったから、束の間の青空でも嬉しい。この景色を見れただけでも停滞して良かったなあと思った。

赤石岳から小赤石岳方面を撮影
小赤石岳方面を撮したものです。クリックして拡大するとわかるのですが、尾根の上を黄色い何かが飛んでます。ザックカバーかな?ちなみにスマホの場合はクリックした後、指で拡大すると鮮明な画像を見ることができます。
赤石岳の山頂から見る富士山
赤石岳の山頂の様子
赤石岳の山頂の様子
赤石岳の山頂から赤石岳避難小屋を撮影
赤石岳の山頂から赤石岳避難小屋を撮影。

雲がまた赤石岳を包み込むと、小屋に戻り本を読んだ。本に飽きるとマンガ「岳」で涙し、それが終わるとマンガ版の「神々の山嶺」を読んだ。赤石岳避難小屋には山に関わる本やマンガがたくさんあり退屈をすることはなかった。
そして昼寝をして起きると、チエコさんが作ってくれた夕食を3人で食べた。僕の風邪の事を気遣ってくれたのだろうか、豚肉をいっぱい使った料理を作ったくれた。本当に嬉しかった。

赤石岳避難小屋の本棚
赤石岳避難小屋の本棚。

そんな風にのんびりとした1日は過ぎていった。
さて、明日の予定はまだ決まっていない。天気はどうだろうか。風は相変わらず強い。進むか退くか。まあ明日考えるとするか。

おやすみなさい。

赤石岳からみた空
夕暮れ時の空